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漆黒の遊戯  作者: ユウチ
8/45

七‐‐‐‐ 疾走

「うっ… うっ… うっ…」

 小さな泣き声が倉庫の中にこだまする。


 体育館の器具置き場。その隅に置いてある飛び箱の中に、柴崎菜津稀シバザキナツキはいた。

 目が覚めたら突然、友達に殺されかけ、ずっとここに隠れている。

 何がどうなったのか理解できない。

 ただ、現実から目を逸らし、泣くことしかできない。

 遠くから奇妙な笑い声や悲鳴が聞こえてくる度に、菜津稀は現実に引き戻される。

 嫌だ、こんな現実認めたくない!

 ただ、この悪夢が早く覚めますようにと、願うだけ。

「何で覚めないの…? なんで… どうして……?」

 菜津稀は頭を抱えた。

「覚めてよ… 覚めてよ… 覚めてよ… 覚めてよ… 覚めてよ!!」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。

「いやだよぉ… うっ… うっ……」


<がらら…>


 一瞬息が詰まった。突然、器具置き場のドアが開いたのだ。

 気づかれた…!?

 菜津稀は泣くのをやめ、黙って耳を澄ました。

 足音が菜津稀が隠れている飛び箱に近づいてくる。

 だめっ… 来ないでっ!

 菜津稀は神に祈った。

 心臓が早鐘を打ち、呼吸が苦しくなる。

 来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで…!


「川瀬…?」


 え…?


「川瀬、いるのか?」


 明かりが飛び箱の中に差し込んだ。

 化け物じゃ… ない?

 菜津稀はゆっくりと飛び箱の蓋を開けた。

 痩せ型で中背の男。その人物の短めの黒い髪が、周囲の闇に溶け込んで見える。

「森崎… 君?」

 声に驚いたように、男は飛び箱に懐中電灯を向けた。

「ん? 柴崎さん?」




 体育館には生徒の死体が大量に転がっている。

 休憩時間に体育館を利用する生徒がけっこういるのだ。

 バスケをしていたと見られる男子生徒、そしてそれを見学していたであろう女子生徒。

 しかし、今は皆死んでいる。

 祐史は必死に吐き気を堪えながらその中を歩いた。

 見たことがある男子生徒も大勢いる。何度か話をしたことがある者もいる。皆あの時までは元気に遊んでいたのだろう…。

 そう考えると、どうにもやり切れない気持ちになる。

 祐史は、できるだけ死体を見ないように歩いた。


 その時だった。どこからか女生徒の声が聞こえてきた。

 川瀬…?



 体育館の器具置き場。祐史の目の前には、カチューシャをしたロングヘアの女子生徒がいる。

 柴崎菜津稀。祐史と同じクラスの子だ。

 生存者がいたことは嬉しいが、弥生ではなかったということが祐史を少しばかり落胆させた。

 祐史の顔を見て、菜津稀が飛び付いてきた。

「ちょっ…」

 女の子に抱きつかれるのは、初めての経験。祐史は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「よかった… まともな人がいた」

 菜津稀は、しばらくの間祐史の胸で泣き続けていた。



「ひ… ひひひひひひひひひひひひひひひひひ…!!!」

 あの笑い声が体育館に響いた。

 見ると、体育館奥の外へと通じる扉が開きっぱなしになっている。そして、そこから化け物が2体こちらへ向かってくる。

「来た…! 行こう!」

 祐史はまだ泣いている菜津稀の手を引き、体育館の出入り口へと走り出した。


 出入り口からまっすぐ行くと、保健室と食堂がある渡り廊下へ出る。目の前の角を左に曲がれば第二校舎へ行けるのだが、直前で祐史は足を止めた。その角からも、1体こちらへ向かってくるのが見えたからだ。

 後ろにはやつらがすぐそこまで迫ってきている。意外と足が速い。

 2体と1体なら当然1体を相手にする。しかも相手は武器を持っていない。

 祐史はベルトに挿してある包丁を抜き、懐中電灯を菜津稀に渡した。

「おおおおおおおおおおお!!!」

 そして、両手で包丁を構え、敵に突っ込んだ。

「ひひひひひひひひひひひひひ…!!!」

 祐史の声と、化け物の笑い声が交わる。


<ドスッ!>


 包丁は、見事化け物の腹部に刺さった。


「びびゃあああああああぁああぁぁぁあああ゛!!!!!」

 笑い声が悲鳴に変わり、祐史は勝利を感じた。

「柴崎さん! 走れ!!」

 菜津稀に呼びかけた瞬間、祐史は息ができなくなった。

「森崎君!」

 目を下に持っていくと、自分の首に重傷を負ったはずの化け物の左手がかかっている。

「が… あ… ぁ…」

 もう遅かった。すでにそいつの手は祐史の気管を押さえつけていた。

 ものすごい力だ…! 片手だけの握力とは思えない…!

 腕が痺れ、包丁を床に落としてしまった。

 腕が上がらない… 力が入らない… 体中の力が抜けていく…

 祐史を覗き込むように睨みつけるそいつの赤い眼からは、明らかな憎悪がうかがえる。

 指が祐史の首にじわじわと食い込む。

 くそ… やろう… こんなやつに……

 視界が真っ白になり、自分の世界が消えていく…


 ごめん… 川… 瀬……


「びぎゃィああああぁぁああああああァあ゛あ゛…!!!!」

 次の瞬間、化け物の二度目の悲鳴が大音響で聞こえてきた。

 気づいた時には祐史は床に倒れていた。

「…柴…崎…?」

 菜津稀が化け物の胸に包丁を突き立てている。

「森崎君! 立ってぇ!」

 いつの間にか、後ろから追ってきたやつらが祐史に腕を伸ばしている。

 祐史はとっさに振り払い、ふらつく足で立ち上がった。

「行くぞ…!」

 掠れる声で叫び、何とか二人はその場を脱した。


 もう少しだ! すぐそこの扉を開ければ第二校舎だ!

 走って角を曲がり、第二校舎の扉を目指す。

「ああ… ちくしょう…」

 第二校舎の扉の前には、スコップを持った男子生徒と、角材を持った女子生徒がいる。

 こちらを振り向いたそいつらの眼は暗闇で赤く光っている。

 扉には鍵がかかっているはず…。

 内側からならキーがなくても指一本でロックを解除できるが、外側からは別だ。ポケットの中には卓郎から受け取った第二校舎の合鍵がある。しかし、武器を持った2体を相手にしながら鍵を開けるなんてことはさすがにできない。

 遠回りするしかないか… 考えてる猶予ゆうよはない!

「こっちだ!」

 祐史は、廊下を反対側へ走り出した。


 校長室や教員室が並ぶ廊下。やはりそこにも、化け物が3体ほどいる。

 その中の2体は武器は持っていない。全力で走れば捕まらないか…?

 祐史は、菜津稀が握り締めている包丁を受け取り、もしもの時のために戦闘体勢に入った。

「全力で走るよ、柴崎さん」

 黙って頷く菜津稀。

 敵はまだこちらに気づいていない。敵の動きに合わせて確実に逃げ切る…!


 今だ!


 東渡り廊下を目指し、全力疾走する。

 祐史の後ろからは菜津稀の足音が聞こえてくる。しっかりついてきているようだ。

 近くの2体が足音に気づき、振り返った。

 しかし、敵が攻撃を仕掛けるまでに二人はすでにそこを走り抜けていた。

 あと30メートル… 20メートル… 10メートル…

 残りの一体を逃れ、無事渡り廊下に着いた。


「はあ… はあ… ははは…」

 やった! 逃げ切ったぞ、ざまー見ろ!

 安堵から祐史はただただ笑うことしかできなかった。

「柴崎さん、無事か?」

 祐史は後ろを振り返った。


「…柴崎…さん…?」


 しかし、そこに祐史の後をついてきていたはずの菜津稀の姿はなかった。



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