六‐‐‐‐ 探索
音楽室を出た二人は、二階の廊下を進む。理科室は音楽室と同じ階にあるのだ。
「それにしても、暗いな。非常灯も点いてない」
川瀬は少し落ち込んだ気分だった。
月明かりが射し込んでこないので、頼りは懐中電灯の明かりだけ。
「ブレーカーを上げても灯りは点かなかった。第二体育館裏の小屋に発電機があって、非常時に動かすんだけど、そっちへはまだ行ってない。動かせば補助灯くらいは点くと思う」
「君はこの辺を調べたのか?」
「いえ、第二校舎はあまり調べてない。化け物の気配がないから」
理科室へはすぐに着いた。音楽室から階段を挟んで実験室がある。理科室はその隣の部屋だ。
「学校から逃げることは出来ないのか?」
その問いに卓郎はうなずいた。
「どうやら逃げることはできないらしい。自分の目で見てみればわかりますよ」
そう言って、卓郎が理科室ドアを開けた。
理科室の中には誰もいないし死体も転がっていない。
テーブルの下、ロッカーの中、隅々まで探すが、やはり弥生は見つからない。
「駄目か…」
溜め息をつく川瀬の後ろで、卓郎は忙しなく動いている。準備室からいろいろな物を持ち出し、テーブルに並べている。
「何をするんだ?」
テーブルには、さまざまなラベルが貼ってある瓶や、豆電球、キッチンタイマー、電池などが並べられた。
「何か作るのか?」
川瀬の疑問に、卓郎は無表情で答えた。
「爆弾」
「ああ、爆弾― 爆弾!?」
川瀬は驚いた。
爆弾を作るなんて平然な顔をして言うものなのか?
「理科室にあるもので簡単に爆弾は作れる」
「なんでそんな危ないことを知ってるんだ?」
川瀬の疑問ももっともである。
しかしそれに対し、卓郎は作業を続けながら言った。
「悪用しなければ、こういう知識はあって損はない」
「確かにそうか」
確かに今の状況では卓郎のこの知識はありがたい。心強い存在だ。
川瀬は準備室に入ってみた。
薬品の臭いが鼻を突く。何か使えそうな物はないか?
狭い準備室の中を歩き回ると、蝋燭と蝋燭立とライターが、ワンセットで箱に入っているのを見つけた。
懐中電灯を持っていない川瀬にとっては何ともありがたい。
さっそく蝋燭を蝋燭立に立て、火をつけた。
途端に周囲は明るくなり、かなり見やすくなった。
やはり明かりがあると安心する。妙に落ち着くな。
「ほかには…」
ライターをポケットにしまい、蝋燭で棚を照らした。
「エタノール… フェノールフタレイン… べネジクト…」
役に立ちそうにないものばかりだな…
「ん? sulfuric acid… 硫酸!」
棚の奥には10センチほどの高さの瓶があり、ラベルに【硫酸】と書いてある。中身もけっこう入っているようだ。
これは強力な武器になる。しかし、こんな物を持ち歩くのは危険か? もしも瓶が割れたりしたら…
ここで考えても仕方がないか… でも持ち歩くにはちょっとでかいな…
川瀬は硫酸を空の小瓶に入れ、ポケットにしまった。
卓郎の爆弾作りは、まだまだ時間がかかりそうだ。秤に粉を少しづつ乗せている。
「俺は行くぞ」
「・・・・・」
卓郎から返事はない。
理科室から出た川瀬はドアを閉めようとして、ふと卓郎を見た。
真っ暗な中、懐中電灯一つだけの明かりで作業している。
よく集中できるよな… すごい精神力だ。
川瀬は静かに理科室のドアを閉めた。
さて、まずは第二校舎をしらみ潰しに探索するか。
理科室の隣はトイレ、奥に生徒会室か… まずは実験室のほうを見てみよう。
『保健室』
祐史はベッドに座り、怪我をした右腕に包帯を巻いていた。
「くぅ… 痛ぇ…」
消毒の痛みが体を貫くようだ。
「先輩…」
祐史は先ほど、先輩だった人物に襲われ、腕を負傷しながらも、命辛々保健室に逃げ込んできたのだ
そしたら今度はこれかよ…
目線の先の床には、人型に盛り上がったシーツがあり、大量の血で染まっている。
保健室に逃げ込んだ瞬間、今度は保健の中尾先生がはさみを振りかざし、襲ってきた。はさみが頭をかすってしまったが、祐史もとっさに、持っていた包丁で先生の首を刺した。先生はけたたましい叫び声を上げ、動かなくなった。
中尾先生… 俺も何度か世話になった先生だ… 体育で怪我をした時にも優しく介抱してくれた。その優しい先生に怪我を負わされるとは…
頭の傷に消毒液を塗りながら、昔の先生を思い出す。
「もうっ… いやだ…」
途端に涙が溢れてきた。仲のよかった先輩も、優しかった中尾先生も、今は皆自分の敵。
「どうしてだよっ…!」
こんなことがあってたまるか! こんな現実があってたまるか!
祐史は自分の頭を思い切り殴った。痛みは感じないが、これが夢でないことはわかる。
なんでこんなことになったんだ…! 誰も… 殺したくないのに…!
胃が痛い、胸が痛い、脳みそが痛い。体が爆発しそうだ。
「川瀬ぇ…」
弥生の声が聞こえた気がした。
川瀬を助ける… 決めたんだ! 川瀬… 卓郎… もう好きな人を死なせたくない!
祐史は勢いよく立ち上がり、自分の頬を叩いた。
しっかりしろ俺! 俺が守るんだ! 泣いてる場合ではない!!
残りの包帯をポケットに突っ込み、保健室を出た。
「はぁ… いないな…」
トイレから出てきた川瀬は呟いた。
実験室にもトイレにも弥生の姿はなかった。次は生徒会室だ。
理科室のドアのガラスからは、相変わらず、懐中電灯の小さな明かりが見える。
川瀬は生徒会室のドアを開けた。
ホワイトボードと、長机がいくつか置いてあるだけで、簡単に見渡せる部屋だ。
「ん?」
ホワイトボードの向こうに誰か倒れている。
川瀬はすぐに近寄り、蝋燭を当てた。
この人は… たしかこの学校の教頭か…
死んでいるが、外傷はない。やつらに殺されたわけではないようだ。
やつらに襲われるよりも、気絶したまま死んだほうがどれだけ楽なことか…
机の上に紙が置かれている。教育委員会が教頭に宛てた手紙だ。
手にとって読んでみた。
『6年前の教員自殺事件内部調査』
自殺… そういえばそんな事件もあったな。この学校で女性教員が首を吊り、死亡したとか。しかも自殺の動機は不明…。
教頭に学校の内部調査をさせていたのか… どうやら校長を疑っているようだ。
まあ、関係のないことか。
手紙を再び机に置いた。
次は3階を探してみるか…
川瀬は見取り図を見ながら生徒会室を後にした。