表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の遊戯  作者: ユウチ
3/45

二‐‐‐‐ 不安

 同日:PM 1時20分


 男は静かな町の中を自転車で疾走していた。

 短髪で歳は40代くらい。

 運転の荒いその男は、度々通行人にぶつかりそうになるが、謝る素振りも見せず、ひたすら自転車を走らせる。

 

 呼吸が苦しくなってきた。最近は車慣れしているせいで少々運動不足になっているようだ。

 くそっ! こんな時に!

 男は混乱していた。何が起こっているのか理解できなかった。

 もうすぐだ… もうすぐ着く…!



男の名前は、川瀬春介カワセシュンスケ 四十五歳。建設会社に勤めているが、収入は至って少ない。

 

 なぜ、川瀬はこんなにも焦っているのか。

 

 10分程前、自宅に電話がかかってきた。

 久しぶりの平日休暇で、のんびり昼寝をしていた川瀬は、眠そうな声で電話に出た。

 しかし、受話器の向こうの声を聞き、途端に眠気はふっとんだ。

 

 電話は娘からだった。

 切羽詰った娘― 弥生の泣き声は、身の危険を知らせるものであった。

 ただ「助けて!」と繰り返し、ひどく混乱しているせいか、こちらの言葉はさっぱり通じていないようだった。


 そして、電話は切れた。

 

 川瀬はしばらく受話器を持ったまま呆然としていた。

 寝起きと、突然の出来事に頭が回らなかった。

 今、弥生は学校にいるはず…。学校で何か事件が起こったのか?


 数十秒後、川瀬は動いていた。テーブルの上にあった果物ナイフを、長ズボンのポケットに押し込み車へと急いだ。


 車庫のシャッターを開け、車のドアに辿り着くまで20秒もかからなかった。

 弥生は無事なのか? ついさっき聞いた弥生の声が、頭から離れない。


 まさか、男子生徒にレイプされているのでは…?


 なにか重大な事件に巻き込まれている可能性もある。


 弥生は、川瀬にとって娘以上の存在である。妻は弥生を産み、早くに他界した。この17年間、娘と二人で力を合わせ生活してきた。

 何があっても弥生を失うようなことは―


 ふと、ドアを開けようとした手が止まった。

 車のドアはしっかりとロックされている。

 ……キーはどこだ…? ズボンのポケットにキーは入っていない。家の中に忘れてきたのか…。

 今日は一度も車を使っていない。家のどこかにあることは間違いないが…。どこにあるんだ? 昨日着ていた上着の胸ポケットか? 俺の部屋の机の上か? もしかしたら、ベッドの上にあるのかもしれない…。

 片っ端から探す時間は無い。

 車の窓をぶち破ってロックを外すか… いや、それでもキーがなければエンジンをかけられない。どうする?

 川瀬は周りを見回し、車庫の隅に一台の自転車が置かれているのに気付いた。娘がたまに使う自転車だ。

 川瀬は自転車に駆け寄り、タイヤに空気が入っていることを祈りながらスタンドを外す。

 大丈夫だ。空気は入っている。

 ここから娘が通う学校まで、急げば15分もかからないはずだ。

 川瀬は自転車にまたがり、娘がいる『大脇高校』へと急いだ。



 学校は気味が悪いほどに静まり返っていた。

 授業中なのか? しかしおかしいほどに静かだ。人の気配が全くない。

 周りにパトカーなどは見当たらないな。事件というわけでもなさそうだ。

 

 大脇高校は小さな学校で、警備員などは一人もいない。侵入しようと思えば楽々侵入できてしまう。


 秋澤神社か…


 川瀬はポケットのナイフを確認し、校内へと足を踏み入れた。



 来客用玄関の前まで来た時、川瀬は立ち止まった。

 空気が重い…。いや、濃いと言ったほうが合っているだろうか。とにかく、何かとてつもなく嫌なものを感じる。

 入ってはいけない! 本能がそう叫ぶ。

 しかし、入らなければいけない。弥生をここから救い出さなければいけない!

 川瀬は強い思いで本能の叫びを振り切り、その得体の知れない空間へと踏み込んだ。



 静かだ…。

 中に入ればそうでもないと思っていたが、外にいるときよりもずっと静かだ。

 耳の奥がキーンとする。


 数歩進んだところで何かが視界に入った。

 玄関の小ホール。そのすみの方に白い塊…。 人…?

 人が倒れている!

 白い夏用のセーラー服に黒のスカート。女子生徒のようだ。

「おい!どうした!」

 川瀬はすぐに女生徒に駆け寄った。

 茶色がかったショートヘア。弥生ではない。

「おい!大丈夫か!?」

 ゆすって頬を何度か叩くが反応はない。

 一体ここで何があったんだ? 弥生は無事なのか?

 川瀬に耐えきれない不安が押し寄せる。


 ふと、立ち上がって背後を見た。

 そこには受付の窓口がある。普段は事務員が座っているはずなのだが…


「なんだ… これは…?」

 事務室を覗き込んだ川瀬は愕然とした。

 部屋の中には教師や事務員が数人、女生徒と同じく、皆、床に倒れている。

「どうしたんだ! 大丈夫ですか!?」

 呼びかけるがやはり反応がない。

 皆どうしたんだ!? どうなっているんだ!?

 川瀬は再び女生徒に駆け寄った。

 まだ死んでいると決まったわけではない!

 呼吸の確認をしようと、女生徒の口元に頬を近づけたその時、突然ものすごい耳鳴りに襲われ、川瀬は仰け反った。


 何だこれは… うるさい…!

 周りの音が何も聞こえず、自分が倒れこみ、もがいていることも分からなかった。

 だんだん自分のうめき声も聞こえなくなる。

 すべてが無になったと感じた時、ふいに何か聞こえたような気がした。


 子供の声…。「ふふふ…」と笑う女の子の声が…。


 川瀬は自分の意識が無くなっていくのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ