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漆黒の遊戯  作者: ユウチ
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二十六 異形

 優哉は涙で霞んだ目で目の前に立つ化け物―― 理枝を見た。

 綺麗な栗色の髪とは不調和に、その顔は昔の愛らしい面影はなく、青白く染まり、不気味な表情を浮べている。そして恐ろしい真っ赤な眼で優哉を見下ろしている。


「どうして…? 理枝…?」


 理枝… 僕は本当は君を見つけたくなかった…。

 こんな現実が待っているのは目に見えていたことなのに… 僕は…。


「ヒヒヒひヒヒ……!」

 理枝が肩を震わせて笑う。

 そして手にはクラフトナイフが握られていた。


 僕は君がいないことを願っていた。君のこんな姿… 見たくなかったから……。


 理枝がクラフトナイフを振り上げた。その表情に、優哉を殺すためらいはない。

「理枝ぇ…!」

 優哉は木刀を捨て、振り下ろされる理枝の手首を掴んだ。

「理枝…! 目を覚ませ―― どふっ!」

 喉の奥から酸っぱい液体がこみ上げてきた。

 理枝の左拳を鳩尾みぞおちに受けた優哉は腹を抱えてその場に崩れ、口に溜まった胃液を理枝の足元に吐き出した。

「ぐっ…! 理っ… 枝っ……」

 腹の激痛に耐え、なおも振り下ろされようとするナイフから後ろへ逃れる。

「ひひひ…」

「はぁ、理枝… 理枝っ…! 僕だよっ! 優哉だよ!!」

「ヒヒ… ひひヒ…」

 優哉の声はもはや理枝に聞こえていないようで、狂喜の表情を変えることなく一歩一歩近づいてくる。


「理枝ぇ!! 思い出してくれ!! 優哉だよ!!!」


「ヒひ…」

 理枝の動きが止まった。

「はぁ… はぁ… はぁ… 理枝…」


 短い沈黙の後、理枝の口が動いた。


「ゆウ… ヤ…」


「理枝……」

 よかった… 理枝…。思い出してくれた…。


「ユウヤ…」


「ああ…。僕だよ」


「ユウヤ… ユウヤ ユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤ……」


「理……」


「ユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤ… ヒヒヒヒひひヒヒヒィィ!!!!」


 優哉はその奇妙な狂った声に、ひどい吐き気と頭痛を覚えた。

「くそぅっ!! 理枝ぇぇ!!!」

「ユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤユウヤ……!!!」

「やめろおぉぉぉ!!!!」


「ユウ――」


<バツンッ…!!!>


 突然声が途切れた。


 ・・・・・・・え……?


 優哉の顔に激しい血しぶきが降りかかる。

「……理枝……?」

 おぞましい光景だった。目の前に立ったままの理枝の首から上がごっそり無くなっていたのだ。

 頭のなくなった首から噴水のように血が飛び散り、天井や床に散乱する。


 胴体が血を噴きながら後ろへ倒れた。


 何が…… え……?


<ボリッ… ガリ…>


 それは廊下の片隅、優哉から3メートルほど前方にいた。

 懐中電灯の光に照らされたそいつは、黒々しく濃い緑色の、ごつごつした丸い胴。その胴から細い手と太い足が生えているような化け物。

 後ろ姿で人間の形を成していないことがわかる。


 照らされていることに気付いたのか、ボリボリと堅い物を砕く音をたてながら振り向いた。


 ああ…… やめてくれよ……


 あの大きな赤い一つ目が照らし出された。



 喰屍鬼グール… とでも言おうか…

 第二体育館の怪物とは違うその姿に、優哉は更に吐き気をもよおした。

 喰屍鬼が光を恐れ、後方に飛び上がった。

 

 正面から見ると更に異様だ。大きな目の下には、それよりも大きく裂けた口。言ってみれば一つ目の巨大な蛙だ。

 ただ、口に真っ黒な大きな歯が並んでいるのは蛙とは明らかに違う。


 そして… その大きな歯に、理枝の頭部が生々しい音をたてて噛み砕かれていた。


 優哉の大好きだった綺麗な栗色の髪が、喰屍鬼の巨大な口からダラリと垂れている。

 滴り落ちる血液がその髪を黒く染める。

「う……」

 ガリゴリという音と共に、栗色の髪が喰屍鬼の口の中に消えていく。


「うわあぁあああぁぁぁあぁ!!!!!」






「あ?」

 近くで悲鳴が聞こえた。

 そしてその後に響いてくるホイッスルの音。

 昇は上りかけていた2階への階段を一気に駆け上がった。


 今の声は辻だろう。どうしたってんだ!?


 2階へ駆け上がった昇は、道を塞ぐシャッターにぶつかりそうになり、急ブレーキをかけた。

「シャッターが…」

 すぐに左手の非常ドアに気付き、ドアノブに飛びついた。

 ドアをそっと手前に引くと、突然目の前に人影が現れ、何かから逃げるように中から飛び出てきた。

「くっ!」

 その人影は勢いよく身を投げるように肩から床を滑る。

「辻!?」

 優哉は横になって倒れたまま、昇を見て一瞬ホッとした顔を見せたが、すぐに必死な声で叫んだ。

「閉めてっ…!! 閉めて!!」

「何があった!?」


 ぺたぺたぺたぺたぺた……


「ゴゥおおォおおおオォォォォ!!!!!」

「い!?」

 妙な足音と共に聞こえたのは空気を揺るがす轟音。

 そして角から走り出てきた大きな塊が、勢い余って一直線に壁に激突した。

「あぁ…!?」


 ……狂ってる…。


 その塊の姿を見て、昇は思った。

 一つ目の恐ろしい怪物が大きな口を開いてこちらを振り向く。

「グゥオオオォオおおォォォ!!!!!」

 二度目の轟音。昇は全身で非常ドアを押した。

 どうにか非常ドアを閉めたが、直後に響いてきたゴゥンッ!という音と、強い衝撃で昇は弾けとんだ。

「っつつ……」

 昇はすぐに上半身を起こし、ドアがぶち破られたときに備えて、バットを構えた。

 しかし…

「グゥゥ…」

 ぺたぺたと怪物が去っていく音が聞こえる。

 ……あきらめたのだろうか?


「はぁ… はぁ…」

「おい… 辻… あれは何なんだ…?」

「……わからない……」






 2階からの叫び声とホイッスルの音に気付き、急いで救出に向かった川瀬の目の前に、二人の男子生徒の姿があった。

 防火シャッターの前で二人は恐怖に引きつった顔をしている。

「おい、どうした?」

 川瀬の呼びかけに昇と優哉が顔を向けた。

「おじさん…」

「え… ええ… ちょっとね…… 理科室の蛙が暴れだしたみたいで…」

 昇の冗談めいたセリフに優哉が苦笑する。

 かなりヤバイ目に遭ったのだろう。冗談は言えるが、腰が抜けて立ち上がれない様子だ。

 川瀬は二人に肩を貸し、立ち上がらせて言った。

「まあ、無事ならそれでいい。ちょっと校長室まで来てくれ」



 助けに向かう途中、聞き覚えのあるあの怪物の吠える声が聞こえた。

 腰が抜けるほど恐ろしいものを見たのだとしたら… たぶんあの怪物に遭遇したのだろうな。

 俺はちゃんと姿を見たわけではないが、俺達にとってかなりの脅威になるのは間違いないだろう。後でじっくり話を聞くか。


 二人は黙って川瀬の後をついてくる。

 昇は、もうほとんど元の表情にもどっているが、優哉のほうは微塵もショックが消えないようだ。それになぜか悲しそうな表情も見せている。

「・・・・・」

 三人は一言も喋ることなく階段を下りた。



 一階に到達したときだった。

「あ…」

 昇が声を漏らした。

「どうした?」

「おじさん達は先に行っといてください。ちょっと忘れ物取りに行ってきます」

 小声でそう言った昇は、大丈夫ですと言うように二人に手を振った。

「そうか… 早く来いよ」

「ええ、すぐ行きます」

 すましたその言葉とは裏腹に、バットを持つ右手には力が籠もっているように見えた。



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