二十四 悪夢
川瀬は赤い鳥居の前で、白い何かを抱きかかえて立っていた。
鳥居以外は何も見えない。真っ白な空間。
いや、見えないのではなく、ただ意識していないだけかもしれない。
抱きかかえているそれが何かは自分でも確かめられない。
自分が何をしているのかもわからない。ただ流れに身を委ねるように、心地よい空間を感じていた。
しばらくして川瀬は鳥居をくぐった……。
…………!!!???
くっ…!! あっ……!!!
息ができない… 首が… 痛い…
さっきまでの白い空間は真っ黒な漆黒の空間へと変わっていた。
首…! 何かが首を絞めつける…!!
小さな…… 手……?
抱きかかえた白いものから小さい真っ黒な影のような腕が伸びて川瀬の首を絞めつける。
苦し… い…… や メ ロ…………
・・・・・・・・・・
抵抗はできない。これは現実ではないのだから……。
コトン……
その小さな手に…… 川瀬の首はもぎ落とされた……。
「ぐぅっっ…!」
川瀬は全身の攣縮とともに目を覚ました。
「・・・・・」
その様子を2人の女の子が目を丸くして見つめている。
「びっくりね。大丈夫?」
呆然とする川瀬にロングヘアの女の子が聞いた。
「・・・・・」
「でもよかった。生きてたのね、おじさん」
「おお…」
「くっ…!」
起き上がろうと腹筋に力を入れると、脳天に痛みが走る。
痛みに耐えながら何とか起き上がり、寝ていたソファから床に足を着く。
ひどい寝汗だ…。いや、ひどい夢だった…。あの夢はまさか……。
「いやぁ、すいませんな」
後ろで男の低い声がした。
振り向くと、小柄な男が川瀬を見下ろしている。
「まさか人間だとは思いませんでして…」
その男は、川瀬の前にあるテーブルに蝋燭を置き、向かいのソファに腰を下ろした。
川瀬は痛む頭に手を乗せ、男を見る。
学生ではない。歳は川瀬とさほど変わらないだろう。40代半ばくらいだ。髪は短め、体格は小柄でどことなくがっちりとしている。茶色い背広を着ていてネクタイをしているところを見ると教員の一人だろうか?
男は一息ついて言った。
「校長の… 大脇です」
「俺はどのくらい気絶していました?」
「ほんの10分程度です。すいません。人間だとは思わなかったもので…」
大脇校長― 大脇愁道が申し訳なさそうに頭を下げる。
川瀬を殴って気絶させたのはどうやらこの人らしい。
「いや、いいんですよ。この状況じゃ当然のことです」
「おじさんもタイミング悪いわね」
葵が川瀬の隣に座って言った。
「君達も生きててよかったよ」
由真はテーブル横のパイプ椅子に座っている。
葵の話では、由真と保健室に向かう途中、いきなり校長にここへ引き込まれたそうだ。
「ほんっと、ビックリしたわ」
葵は腕を組んで文句を言っていたが、
「歩き回るのは危ないでしょう」
という校長の意見ももっともだ。
「でも、安全な場所を探してたから丁度よかったんだけどね」
「……あの子はどうしたんだ?」
川瀬はさっきから気になっていた3人目の女の子を指差した。
その子は、隅の黒い長椅子で眠っている。
「あぁ… 柴崎さんね…」
「彼女はこの部屋の前で倒れていたんです。襲われなかったのが不思議ですね」
校長が、無表情で眠る菜津稀を見ながら答えた。
「まだ目を覚まさないんです」
「……そのほうがいいかもな。しばらくは」
「ところで、何か情報は掴めたの?」
葵が川瀬の顔を見ながら問いかける。良い話を期待しているようだ。由真も期待の表情で川瀬を見ている。
「特になし。得体の知れない怪物を見かけた―― くらいだ」
それを聞いて2人はガックリと肩を落とした。
が、すぐに葵がニコニコしながら川瀬に言った。
「私ね、弥生を見つけたわよ」
川瀬は驚いて葵を見た。
「どこで!? 本当に弥生だったのか!? 弥生は生きていたのか!?」
「でも南さん… あれは――」
由真が何か言いかけたが、
「いいから」
という葵の言葉に遮られた。
「そこの廊下にいたんだけど、声をかけても振り向かなくて、すぐどこか行っちゃったのよ。でもあの後ろ姿はたぶん弥生よ」
川瀬は頭の痛みも忘れて、じっと葵の話に耳を傾けている。
「襲ってこなかったし、化け物にはなっていないみたいよ?」
「……生きているのか…?」
希望の光が再び川瀬に射し込んできた。
「あなた娘さんを探しているんですか」
校長も話を聞いていたらしい。
川瀬は自分がこの学校にいる理由を一から話して聞かせた。
「大脇さん。あなたは見かけませんでしたか?」
「あいにく、私はこの部屋から出ていない。一体何がどうなったのか…。目が覚めたときに一度出たきりです。その時にこの―― 柴崎くんを見つけて…」
校長が立ち上がり、自分の机のほうに歩き出す。
そして校長用の大きな黒椅子にもたれ、顔を天井に向けた。
「私のほうが聞きたいです。これは現実なのですか?」