十九‐‐ 苦痛
開け放たれた体育館の扉の奥から聞こえてくる鈍器の音と凄まじい悲鳴。
武器を持っていない優哉が敵の顔に懐中電灯の光を当て、目を眩ませる。そこをすかさず川瀬と昇が攻撃し、止めを刺す。
「ギっ…!!!」
木刀を持った男子生徒の頭蓋に穴を開けた瞬間、体育館は静寂を取り戻した。
6体は倒しただろうか…。体育館にいた化け物は一掃できた。
川瀬はほっと一息ついた。
優哉が足元に転がってきた木刀を拾い上げ、横に振ってみせる。
ああ… 生きてた…。よかった……。
敵の弱点がわかっていれば何とも簡単に撃退できる。でも肝心なのはこちらも捨て身で向かっていかないと勝てないということ…。微塵の失敗が死を招く世界なのだ。
「戦場の兵士もこんな感じなのかな…?」
昇が座り込んで天井を見上げながら漏らすように呟いた。
「たしかに戦場に違いはないが、こっちは相手が得体の知れない化け物だからな。人間とは違う」
顔の冷や汗を肩で拭いながら川瀬が答える。
優哉は木刀を杖にしてうつむいている。さっきから一言も喋っていない。
……こんな状況じゃぁな…。
「さあ、弥生探すの手伝ってくれるんだろ?」
川瀬が立ち上がって背伸びをする。
「俺は… ここで見張りをします」
そう言って昇は座ったまま立ち上がろうとしない。
まあ、無理して動き回るのはよくないからな。
「わかった。行こう」
川瀬が優哉と目を合わせる。顔を強張らせながら軽く頷く優哉。
一つしかない懐中電灯は、優哉が手に持っているが、やはりここにも補助灯がいくつか点灯しているので見張るだけなら十分に明るい。
まずは器具置き場…。第二校舎の時ような化け物がいないようにと祈りながらドアを開ける。
「……誰も… いませんね…」
「ああ…」
散らかった雑多な室内だが荒らされた様子はない。おそらく元からこれなのだろう。乱雑に置かれたバレーボールのネット、飛び箱が数台、隅で山積みにされた運動マットは雪崩れのように崩れている。自分が学生の時もこんなだったっけ…。と少し苦笑い。
隠れるようなスペースはなさそうだが、念のため飛び箱の中やマットの下などを調べてみる。
「ダメか…」
優哉のほうを振り向くと、落ち着かないという雰囲気で何やらそわそわしている。
「どうかしたか?」
「え… いえ……」
「次、行こうか」
ああ… 体がだるい…。
昇は壁にもたれて、開けっ放しになった体育館の扉の先を見つめていた。
入り口の両側に補助灯が取り付けられているため、奥のほうはよく見えないが、動くものがないことは確かだ。
しかし… 体が動かない…。一度座り込んでしまうとだるさで体を動かせない。
ふと、数メートル先の死体に目をやる。
先ほど自分が殴り殺した化け物の頭からはおびただしい血が流れ出ている。
……もし、あれがまた動き出したら、俺どうなるんだろ…?
昇の前を川瀬と優哉が横切り、監視室への階段を上っていく音が聞こえる。
ああ… 一人になってしまった…。俺が襲われてもすぐに助けに来てはくれないな…。
あー、気持ち悪い…。変な気分だ… きっと耳の怪我のせいだ…。
・・・・・・・
怪我のせい… か…。
そういえば小学生の頃…
朝、起きるのが辛くて学校に行きたくなくて… 憂鬱だった時… 体が妙にだるく感じられた。
でも、母さんが学校に休みの電話をかけた後は、体はいつも通りで、だるさも消えていた。
大切なのは気の持ちようなのだ。
今もあの時と同じなのかもしれない…。ズキズキと治まらない傷の痛みに集中するせいで、体がだるさを感じるのか。
気の持ちよう… 怪我を気にしないように。大丈夫だと…。
くっ… でもやっぱ痛ぇよ… ちくしょう……。
やっぱ、まだまだ駄目だな、俺は。
そういえば母さん、言ってたっけ…。
『空元気でもいいから、とにかく元気を出しなさい』
空元気か… そうだよな、振りでも元気にしてないとますます駄目になる。
そうだ、母さん… 父さん… 心配してるかな…?
今は何時頃なんだろ…?
早く帰んなきゃな……。
…………帰れるかな……?
「藤原、大丈夫か?」
監視室を調べ終わり、昇のところへもどってみれば、死んだような目でどこかを見つめていた。
一瞬本当に死んでいるのかと思ったが、小さく肩を動かしている。
突然声をかけられた昇が、慌てて振り向く。
「あ、大丈夫です」
そしてどこか晴れ晴れとした表情で答えた。
「ほかを探そう。ここにもいなかった」
「そうですか。わかりました―」
立ち上がろうとした昇がよろめいた。
「本当に大丈夫か?」
「立ちくらみですよ…。行きましょう」
なぜ強がるのだろう?
よろめきながら歩く昇を見て、川瀬は思った。
体育館を出た後も、昇は壁に手をつきながら歩く。
「やっぱり休みなさい」
川瀬が言うが、昇はその言葉を手で制する。
「傷が痛むんだろ? その状態じゃ無理だ。治まるまで休んでろ」
その言葉で昇は立ち止まり、しばらく考えてからようやく口を開いた。
「そうします…」
昇に肩を貸し、保健室に入る。
「すいませんね…」
ベッドに座り、川瀬に謝る昇。やはり耳が痛いのか、ずっと耳に手を当てている。
うーん… 怪我人が一人で残るのは危険かな…
「辻、君も残ってくれ」
「え……っと……………わかりました…」
一瞬何か考えていたようだが、渋々了解した。
「じゃあ、明かりを―」
懐中電灯を差し出す優哉を川瀬は手で制す。
「それは君たちのだ。俺は他のを探すから」
「・・・・・」
「じゃあな」
出て行こうとする川瀬に優哉が言葉をかけた。
「お気をつけて…」
川瀬は微笑み、保健室を出た。