十八‐‐ 約束
「さて…」
卓郎がベッドから立ち上がった。
「とにかく何か行動しないと」
「そうだな。ただ死を待つのはごめんだ」
川瀬は同意した。
それに、弥生も探さないといけない。
「で、どうする? 単独行動は避けるんだろ?」
祐史の言葉に卓郎が腕を組む。
「……おっさんと祐史は川瀬を探すんだろ? それなら二人は別行動のほうがいい」
「藤原は怪我してるしな…」
祐史が昇の耳を見る。
「俺は大丈夫。たいしたことはない」
たしかに昇はさっきよりも元気そうだが、その顔は言葉の割りには強がっているとしか思えない。
しばらく考えてから卓郎が言った。
「藤原は休んでろ」
それを聞いて昇の顔が曇る。
「ここにおいて行くのは危険だ」
川瀬の反論に卓郎は再び考える。
「じゃあ、どこか安全な場所に―」
「俺は大丈夫だ!」
昇が声を荒げた。
「―――っつ…」
叫んだ勢いで傷が痛んだのか、顔を歪め、ガーゼと包帯で治療された耳を押さえた。
「……戦える…!」
右手の金属バットを握り締め、昇が卓郎を睨む。何かを決意したような力強い目。
一瞬卓郎が微笑んだように見えた。
「じゃあ、俺は祐史と行動しよう。藤原と辻はおっさんとだ」
「わかった」
昇が頷いた。
「ああ」
優哉と川瀬も共に頷く。
何か押し付けられたような気もするが、仕方ない。俺なんかよりも卓郎のほうが頭はよさそうだ。言う通りにしても大丈夫だろう。怪我をしてるとはいえ少なくとも戦力にはなる。大勢で行動したほうが安心もできるしな。
とにかく俺は弥生さえ見つけ出せればそれでいいのだから。
保健室から出たとき、昇が卓郎の肩を軽く叩いた。
「死ぬなよ。卓郎、祐史」
「……お前らもな」
"必ず生き残る!"
皆が誓い合い、卓郎と祐史は第二校舎、川瀬と昇と優哉は体育館のほうへとそれぞれ分かれていった。
<ゴオオオオオオォォォォォォ………>
遠くから不気味な音が響いてくる。
風は吹いていないから風の音ではないだろう。
その音は胸の奥まで響き渡る。
気持ち悪ぃ! 気持ち悪ぃ!! キモチワリィ!!!
何だよこの音はぁ!!!
まるで心の中を引っ掻き回されるようだ。
「うるせぇ、うるせぇ…」
野球部の部室の中で幸司が小さく悪態を吐く。
外はいつの間にか化け物だらけ。
しばらく外に出ることはできない。
「死ねぇ…! 死ねぇ…!」
幸司のイライラはすでに限界を超えている。
<グシャッ!>
<グシャッ!>
足元にある肉塊を何度も何度も踏み潰す。
人の形をした肉塊― それは、衣服を剥ぎ取られ、もはや顔も性別もわからないほどに無惨に切り刻まれ、踏み潰されている。
「ははっ はははは… は…」
<グシャッ!>
<バキッ!>
<ぶしゅっ!>
冷たくなった血液が肌に飛び散る度に不思議な興奮を覚えていく。
「あははははは……」
俺が勝者だ…。
俺だけが生き残ってやる。
全員… 殺してやる…。はははははははは…。
<ガタガタ… ガタガタガタッ…>
何かが部室のドアを開けようとする。
だが、鍵がかけてあるドアはびくともしないようだ。
ドアのすりガラス越しに人影と赤い二つの光が見える。
幸司は不気味ににやけ、バットを手に取りドアへ向かった。
<ゴオオオオオオォォォォォォ………>
不気味な音は納まる気配がない。
「困ったものね… 気が早いんだから…」
長い髪の人物は深い闇を見下ろしながら呟いた。
「せっかくこれからが面白いところだったのに…。もう皆死ぬのよ?」
誰かに話しかけるように喋り続ける。
「もっと足掻いてくれればいいのにな…。どこまでやれるのかしら…? ふふふ…」
そう言って後ろを振り向く人物。
「あなたも楽しいでしょ?」
「・・・・・」
そしてニコリと微笑みまた闇を見下ろす。
「あなたは最後まで見届けるのよ? お姉さん」