十六‐‐ 友人
真っ白な世界―――
どこまでも果てしなく続く世界―――
ここは… 来たことがある…
いつだっけ?
前に一度だけ… 来たことが…
歩いても歩いても先が見えない、真っ白な世界。
何も聞こえない。自分の足音も、呼吸の音さえも…。
遠くで何かがキラリと光った。
・・・・・
これは… ナイフ?
柄の部分に『T』の文字が刻まれている。
そうだ、これは父さんの…
父さん……?
父さん…?
「……父さん……」
「お? 復活か?」
「……え…?」
いつの間にか目を開けていた。
ここは、どこだ?
蝋燭の明かりが眩しい。
ベッド… 机… カーテン……
ほのかに香るアルコール…。昔からなぜか落ち着く匂いだ。
そして俺の目の前には見覚えのある顔。
「よお、タク」
「……祐… 史?」
「ああ、記憶はあるみたいだな。はは…」
「・・・・・」
頭がくらくらする…。
頭を抑えながらゆっくり起き上がる卓郎。
「なんで…」
卓郎がつぶやく。
「なぜ生きてるかって?」
「いや…」
……どうも頭が正常に働かない。
「びっくりしたよ。お前、中庭の植え込みの上に倒れてたんだぜ?」
「・・・・・」
ああ… そうか…。
焦っててよく覚えてないが、たしかダイナマイトが爆発する寸前に、窓から中庭に飛び降りたんだ。
丁度真下に植え込みがあったのか… それを祐史が見つけて保健室に運んでくれたんだ。
「ほんと… 俺は神に愛されてんのか、嫌われてんのか…」
「遊ばれてるんだよ」
笑いながら祐史が言う。
「ははは…」
笑い事じゃないけどな。
「別に怪我はないみたいだけど…。奇跡だな。」
「ああ、逆に元気になったよ」
「どんなだよ?」
顔を見合わせ、笑いあう二人。
「そういえばお前元気だよな。いつもはやる気ない目をしてるのによ。なんつーか、生き生きしてる」
「・・・・・」
んー、今の俺は生き生きしてるのか…。
「嬉しいのかな…? 俺」
「はあ?」
祐史が呆れたような声を出す。
卓郎は頭を掻いた。
「勘違いするなよ。ただ体がうずくんだよ。わくわく… っていうか…」
「わかんねぇ」
俺もわからない。自分で自分が理解できないんだ。
「危機的状況下にいるとなぜかな。父さんの影響かもしれない」
「タクの父親か…。前に話してくれたよな」
「そうだっけ…?」
祐史とは中2の頃からの付き合いだ。
コミュニケーションが苦手… というか、人と関わり合いを持つのが面倒くさくて、いつも同級生達と距離をおいていた俺に、しつこく話しかけてきたのが祐史だ。
こいつもそれほど目立ったやつではなかったが、なぜか俺にだけ親しくしようとしていた。
あの時の俺にとっては迷惑この上なかったが、今ではそれも慣れたこと。
この高校に進学する時も祐史が俺についてきたようなものだ。
聞いたら「仲のいいやつがいたほうが楽じゃん」とか言ってたけど、無愛想な俺よりもほかに仲のいいやつがいただろう。なのにこいつは俺についてきた。
俺は人にベタベタされるのが嫌だったが、こいつが一緒にいてほっとした自分がいることにも気付いていた。
それでどういうわけか、1、2年生とも一緒のクラスになったんだ。
「川瀬弥生は… 見つかってないんだな?」
しばらくの沈黙の後、卓郎が口を開いた。
「見つからないねぇ… どこにいるのやら…」
祐史が溜め息をつく。
「祐史… こんなこと言いたくないんだが、もう川瀬は―」
言い終わらないうちに祐史が卓郎の頭をど突いた。
「祐史…」
「死体も見つからないんだ。俺が見た化け物の中にもあいつはいなかった。確信がない以上、探すしかないんだよ」
「……そうか」
殴られた頭を撫でる。
好きな人のために命を張る。正義感が強いのも昔と変わらない。
俺もいつのまにかこいつに打ち解けていた。
「お前は誰かのために泣けるんだな」
卓郎の言葉に祐史が首を傾げた。
「あ、そういや俺のかばんは…」
手元を探るが、かばんはない。
「お前の近くに落ちてたかばんか。ちゃんと持ってきたよ」
そう言って、床に置いていたかばんを卓郎に手渡す祐史。
卓郎がかばんの中を確認する。
よかった、壊れてはいないようだ。
「祐史… お前何か変な化け物見なかったか?」
「変な化け物って… そこらじゅうそういうやつばっかりじゃん」
「そうじゃなくて、何ていうか… 変わったやつだよ」
「……そういえば… 幽霊っていうのかな? 妙な女の人なら見たよ」
幽霊? 妙な女?
「体育館監視室にいたんだよ。三つ編みの女が。あれは人間じゃなかったな」
「今朝お前が話してた少女の幽霊?」
「少女ではないよ。おばさんに近かった。あ、でも少女に見間違えたっていう可能性もあるよな…」
祐史が腕を組んで考え込む。
こんな非科学的な話を真面目にできるっていうのもなかなかないものだ。もう、これからは幽霊でも何でも本気で信じることができるな。
「たぶん関係あるよな。その女が消えた直後に死体が起き上がったんだ」
直後に化け物が増殖した…? たしかにその女の幽霊とやらが何か鍵を握っているようだな。
しかし相手が幽霊では…
<ガラララ…>
保健室のドアが開いた。
二人は慌てて身を屈める。
卓郎は腰のナイフホルダーから『T』の字が刻まれたナイフを引き抜いた。