十四‐‐ 眼光
外の肌寒さは校舎の中とあまり変わりはない。
星も月も存在しない世界…
ここは本物の地獄のようね…
「南さぁん…! 助けて…」
頭の上で声がする。
「はぁ、もう。さっさと降りてきなさいよ」
「そんなこと言ったって…」
「ほら、下を見ない!」
葵が、壁のパイプにしがみついたままなかなか降りてこない由真に声をかける。
トイレで用を足した葵と由真は、音楽室へもどろうとした。
しかし、トイレから出た二人が目にしたのは、化け物の渦巻く廊下。
音楽室の前も階段も、完全に化け物に埋め尽くされていた。
必死になって脱出口を探していると、トイレの窓から、外壁のパイプをつたって下へ降りられないかと、由真が提案したのだ。
葵が先に地面に降り立ち、提案した本人である由真のほうは今だパイプにしがみついている。
「何やってんのよ…」
呆れた声で言い、ふとトイレの窓を見る。
早くしないとやつらに―
<ガシャンッ…!!>
頭上からガラスの破片が降ってきた。
葵はとっさに後ろに回避し、それを免れた。
「きゃぁあ!!」
「由真…!」
ついさっき葵たちが脱出したトイレの窓に化け物が群がり、由真に向かって腕を伸ばす。
だが、由真は頭を屈め、ぎりぎり捕まらない位置にいる。
次々と窓に群がる化け物たち。
早く降りてくればよいのだが、由真は縮こまって動けない様子でいる。
その時、前で身を乗り出していた一体が、後ろからの圧力に押し遣られ、落下した。
「ひぎゃあああぁあぁぁ!!!」
由真のすぐ横を落下する化け物。その手が由真の腕をかすった。
「ギぇ…!」
そいつは頭から落下し、葵の目の前で、グシャッ… と音をたて、死んだ。
二人の顔が恐怖に引きつった。
「……はやく… 降りてきなさいよ…」
昇の話を聞いた川瀬は、愕然とした。
和海が幸司に殺されたこと。化け物の増殖。有里の死。そして何より、卓郎が死んだということが、川瀬には信じられなかった。卓郎だけはどんな状況に陥っても生き延びるだろうと思っていたからだ。
「そう… か…」
「・・・・・」
「おじさん… 吉田理枝って女の子見かけませんでしたか?」
うなだれる川瀬に優哉が聞いた。
「見かけなかったが…? クラスメートか?」
「いえ…」
優哉はそれ以上何も言わなかった。
「いてっ…」
導火線の火を指でつまんだ時に火傷をしてしまった。
あの時は必死だったからな…。まさか人間に襲われるとは… 化け物になった人間ならまだしも、生きている人間を殺すことは俺にはできないだろう…。
「これからどうしよう?」
昇が溜め息混じりにつぶやいた。
「……俺は第二体育館を調べようとしていたんだが…」
「すぐそこですね。俺らも手伝います。な、辻?」
優哉も頷いた。
「助かるよ」
川瀬は幸司に襲われた時に、明かりをなくしてしまった。だが、第二体育館にもちらほらと補助灯が点灯しているし、昇が懐中電灯を持っていたので、明かりには困らない。
第二体育館は大して広くはない。ステージなどはなく、柔道場といったところだろう。
右側の壁に、大型の鏡を覆うカーテン。奥には倉庫らしい扉がある。
「そういえばさ… 何年か前にこの体育館で自殺した教師がいたんだよな…」
先頭に立って懐中電灯を構えている昇が突然話し始めた。
優哉が如何わしそうな目で昇を見る。
この状況で辛気臭い話をするのかこいつは…。
川瀬は先ほど生徒会室で見た資料を思い出した。
「知ってるよ。6年前に女性教員が首を吊り、自殺した。それがここだったのか?」
「ええ、あの倉庫の中で…」
昇が倉庫の扉を懐中電灯で照らした。
「この学校、前は神社だったって言うし、やっぱ呪われてるんですよ…」
「……倉庫の中か…」
そういう話をされると行きづらいじゃないか…。場の空気を読んでほしいものだ。
横では優哉が苦笑いしている。
その時…
<ドシャンッ!!!>
突然、目の前に何かが落下した。
「うぇ!?」
驚いた昇が、落下物に光を当てる。
「電球?」
体育館の天井にぶら下がっている巨大な電球の一つが落下してきたのだ。
「ははははは… 普通落ちねぇだろ…?」
昇の言うことはもっともだ。だが実際それが落ちてきた、ということは…?
三人は恐る恐る天井を見上げた。
何もいない…。
「何で落ちてきたんだろ…?」
優哉が言った。
「……偶然だよ偶然… 笑えるよな…」
そういう昇の顔はちっとも笑っていない。
<パリン…>
今度は左側で何かが割れる音がした。
館内が少し暗くなった。割れたのは壁に取り付けられた補助灯のようだ。
<パリン…>
また一つ… 次は右側の補助灯が割れた。
三人とも固まったまま恐怖で身動きが取れない。
<パリン…>
次々と明かりが減っていく。
<パリン…>
そしてすべての補助灯が割れ、残った明かりは、昇の持つ懐中電灯のみとなった。
「おい!!!」
いきなり優哉が叫んだ。
「ぐゎぁ…!!」
それと同時に、昇が呻いた。
「なんだ!?」
懐中電灯を落とし、膝をつく昇。右手で耳を押さえ、その指の間から血が滴っている。
さっき横を何かがすり抜けた。黒い大きなものが。
「おじさん……」
優哉が前を向いて立ったまま固まっている。
川瀬もすばやく優哉の視線の先を見た。
「なに…? あれ…」
大きな赤い一つ目が明かりに照らされていた。