十三‐‐ 微笑
<ザシュッ…!>
「ぎぴゃああああぁぁっ…!!!」
暗い空間に真っ赤な血しぶきがあがる。
祐史は耳元で聞こえる叫び声に耐えながら、男子生徒― 化け物の首に突き刺さった包丁を握りしめる。
「ふう… ふう…」
俺はここまでに何体殺した?
倒れた化け物を見下ろす。首から血を流しながら痙攣する人の形をした化け物。
それはやがて動かなくなり、ただの屍と化した。
俺が殺したのはこいつで何体目だ?
祐史は死体をまたぎ、先へ進む。
なんだ、この気持ちは…? 化け物を殺す度に強まるこの気持ちは…?
快感…?
これが人間の本能なのか? 理性じゃない、人間の本能?
白かった制服も、今は真っ赤に染まっている。
ここにいたら俺までおかしくなりそうな気がする…。俺も理性のない化け物に…。
一部の人間だけが化け物になったと、タクは言っていた。信じていいのか…?
川瀬と別れた祐史は、体育館へ向かっていた。
前に来た時は、すべて調べる前に菜津稀を見つけたので逃げることを優先した。
しかし、それによって結果、菜津稀を見失ってしまった。
川瀬― 弥生を探す…。それに、もしかしたら菜津稀が無事で体育館にもどっているかもしれない。
体育館には相変わらず死体だけが転がっている。化け物はいない。
祐史は体育館の奥にある階段を上る。二階のドアの前に立ち、深呼吸。
懐中電灯で照らされたプレートに「体育館監視室」と表示されている。
<ガチャ…>
ノブを回し、ドアを押す。キィ…と音をたてて開くドア。
耳を澄ますが、物音は聞こえてこない。
室内に一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が頬を撫でる。
体中の毛がゾワリと逆立つ。
空気が冷えきっている… 冷房はついてないよな…。
懐中電灯で室内を照らす。
「ひっ… ぁ…」
祐史は息を呑みこんだ。
端にある机の前の回転椅子に誰かが座っているのだ。
その人物は、祐史に背を向け、監視室の大きなガラスから館内を見つめている。
長い髪を後ろで三つ編みにしている女性。制服ではなく紺のセーターを着ている。
「だ… れですか…?」
祐史が恐る恐る喋りかけた。
女はゆっくり椅子を回転させ、祐史を見た。そしてにっこりと微笑む。
女がかけている眼鏡のレンズが、光に当たって白く反射する。
光を顔に当てているのに眩しそうな素振りを見せない。
「誰ですか?」
もう一度、今度ははっきりと聞きなおす。
女は何も答えず、ただ祐史を見て微笑んでいる。
何者? こんな先生はこの学校で見たことない。
不思議な時間が流れる。
祐史は動けなかった。女の微笑みから感じられるのは優しさではなく、悲しみと憎悪。
しかし、なぜか恐怖を感じない。
なんだろう… この感じ…… 頭がぼー、とする
しばらくして女が立ち上がった。
一瞬セーターの襟の下から紫色のアザが見えた気がした。
はっと我に返る祐史。今の今まで女がいた場所には誰もいない。
座っていた回転椅子がむなしく動いて止まった。
「逃げなさい…」
耳元で女の声がした。
とっさに振り向くが、誰もいない。
………何だったんだ…? あの人は…? 逃げろ…?
女が見つめていたガラスから体育館を見下ろす。
闇の中に赤い光が次々と増えていく。
「うあっ!!?」
祐史は慌てて監視室から飛び出した。
体育館ではさっきまで死んでいたはずの人間が赤い眼を浮かべ、起き上がっている。
おいおい! なんで!?
何体かの化け物が祐史に気付いた。
「タクのバカヤロー!!」
体育館を出た祐史は、急いで扉を閉める。
化け物が増えた… もうこれ以上の地獄は勘弁してくれー…
「……もう涙も出ないや…」
<ドォーーン…!>
遠くで爆発音が響いた。
絶望… か…
祐史の頭に先ほどの女の微笑が浮かんで消えた。
「もうやめてっ…!」
「ふふふ… 何言ってるの。まだまだこれからよ?」
「やめてっ!! お願い… だからぁ……」
「嫌よ。あなたにはもっともっと絶望を味わわせてあげる」