十二‐‐ 狂者
闇に覆われ、風の吹かない不気味な屋外。
川瀬は発電小屋の鉄扉を引いた。
ギギギ… と音を立てながらゆっくりと開く鉄扉。
今にも尽きてしまいそうな短い蝋燭の炎で小屋の中を照らした。
小屋に入って左手には、道具棚。右手には大型の発電機が置かれている。
「これか」
川瀬は発電機に近づいた。
発電機は、川瀬の背丈の半分以上の大きさで、軽油で動かすエンジン式のものだ。
まめに手入れがされているらしく、あまり埃は付いていない。油はほとんど満タンに入っている。あとは電源を入れれば動き出すはず。
さっそくスイッチを押してみた。
グーーーーーン… という唸りを発しながら発電機が起動した。
これでいいのだろうか?
次は道具棚を調べる。
んー… たいした物は置いてないな…。ノコギリ… 金槌… ドライバー… どれもいい武器にはなりそうにないな。せめて電動ドリルでもあればいいのだが…。
川瀬はとりあえず、プラスドライバーを手に取り、ポケットに入れた。
もう特にないかな…
再度道具棚を眺めていると、
ザッ… ザッ…
風が吹かないはずなのに空気が動いた。
背中の毛が逆立つ。
誰だ…? 背後に気配を感じる。
ブオォ…!!!
川瀬が振り向くのと同時に、空気が鳴る。
反射的に身をよじった川瀬の左腕を勢いよく何かがかすった。
<バグンッ!!! ガラガシャァン!!>
代わりに道具棚が被害を受け、そこに置いてあった物が、床に散らばる。
バット…?
川瀬に振り下ろされたのは、木製のバット。
「危ねぇ…!」
くっ! また敵か! こんな狭い所で…!
目の前の影を睨んだ。しかし、今回は違った。
「ちっ、避けんじゃねぇよ…」
影が喋った。人間か?
川瀬の前に立っているのは、紛れもなく人間だ。
背が高い丸刈り頭の男。
こいつは… あの時のヒステリー男か? たしか相沢幸司とかいったな。
よかった。化け物ではなかった…。
「まて、俺は人間だ」
幸司が勘違いしたのだと思った川瀬は、安心した声で言った。
ゆっくりとバットを持ち上げる幸司。
ブォン…!!!
二度目の空を裂く音。
「なっ…!!」
<バゴン!!!>
振り下ろされるバットを寸前でかわし、小屋の隅に逃れる。
蝋燭立が床に落ちたが、短い蝋燭は落ちず、火を点けたまま蝋燭立にのっている。
「ばっ…! 人間だって言ってるだろ!!」
<ガゴン!!!>
息を切らしながら叫ぶ川瀬を容赦なくバットが襲う。
「人間だから殺すんだよ」
ニヤつきながら幸司が言った。
「人間だから!? 何を言ってる!? 逆だろ!!」
<ガゥン!!!>
相手の攻撃をかわしながら川瀬が叫ぶ。
幸司の身長は川瀬よりも高い。その分振りが大きいため、何とかぎりぎりのところでかわせる。
「わかったんだよ… このゲームを終わらせる方法が」
<ガッ!!>
「いっ…た…!」
横に振られたバットが川瀬の左腕に直撃した。
幸司から目を離さず、腕を押さえる。
激しく痛むが大丈夫。ただの打撲だ。
「つまりなぁ、生き残ったやつだけがここから出られるんだよ」
何を言ってるんだこいつは…!? 生き残ったやつだけが助かるだと?
「なぜそんなことがわかる!? 何を根拠に―」
<ガゴン!!!>
川瀬が避けたバットがコンクリートの床に当たる。
「根拠? ハハッ! だってそうだろ? これはゲームなんだ」
ゲーム…!? これがゲームだと!?
「最後の一人になるまで帰ることはできないんだよ」
幸司は笑っている。
ちっ…! 何を言っても無駄か。完全にイカレている。
川瀬はポケットを探った。
人間を殺したくはない。どうにかして外へ逃げないと…。
出入り口は幸司の背後。逃げ出そうとしても捕まってしまう。
「なあ、悪いけど死んでくれよ。おっさん」
幸司がバットを振り上げた。
それなら―!
「動くな!!」
ポケットから卓郎にもらったダイナマイトを取り出し、前につき出した。
幸司の動きが止まる。
「吹っ飛ぶぞ」
幸司を睨む川瀬。
無言で睨み合う二人。
しばらくの沈黙の後、幸司が笑った。
「やってみろよ」
その言葉を聞いて、川瀬は床に落ちた蝋燭の火に導火線を近づけた。
ジジジジジジジ…
導火線が火花を散らす。
「え… おい…」
おそらく本当に火を点けるとは思っていなかったのだろう。
「道連れだ」
幸司の顔が恐怖に染まった。
「やめろ…」
バットを下ろし、後ずさる。
川瀬はそのチャンスを逃さなかった。
すばやく、幸司の左手を通り抜け、外へ逃げた。
「あ…!!」
バットを右手に持っていた幸司は、それに対応することが出来ない。
「くっそぉ!!!」
幸司の悔し声が背後で響く。
川瀬は指で導火線をつまみ、火を消し、校舎のほうへと走った。
昇と優哉は、第二校舎と第二体育館を繋ぐ渡り廊下まで逃れていた。
この渡り廊下は、一部が壁がない吹抜けになっていて、屋外からも出入りができる。
二人はそこに設置されている手洗い場に黙って腰を掛けていた。
深い沈黙―
有里の死に特にショックを受けたのは昇のほうだろう。
あの時、無理矢理にでも有里を先に外へ行かせていたら死ぬことはなかったのだ。
責任感の強い昇は、自分を責めずにはいられない。
「行こう」
優哉が立ち上がって昇の前に立った。
「ああ」
もう、悩むとか、諦めるとかはやめよう。後ろを見ずにとにかく前へ進むんだ。
昇は立ち上がった。
ちょうどその時、
「はあっ… はあっ…!」
外で誰かが走る足音と、息づかいが聞こえてきた。
タッタッ…
「はあっ… はあっ… はあっ…」
すぐ横の吹抜けに男が走りこんできた。
川瀬弥生の父親か。
「おじさん…!」
昇の呼びかけに、川瀬は振り向いて笑みを浮かべた。
「よかった… みんな無事か?」
二人の顔が曇る。
「………そうでもないですよ…」
うつむく昇を見て、川瀬はそこにいるのが二人だけだということに気付いたのだろう。