十一‐‐ 決死
思ったより更新が遅れてしまいました。
「神様のクソッタレ…!」
これ以上卓郎を呪うような出来事があるだろうか…。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…
多数の足音が近づいてくる。
三階からだけではない。一階からも無数の足音が聞こえる。
間違いなくやつらだ…。一階からならともかく、三階からも、ということは… 俺の見解は間違っていたということか…?
卓郎は凍りついたまま動くことができなかった。
ダッ、ダッ、ダッ……
足音が一斉に止まった。
無数の赤い光が階段を埋め尽くしている。確認できるだけでも30はいる。
『ひひひひひヒひひひひィひひひヒヒひひひひひひィひひひヒひひ……!!!!!!!!!!!!』
飛行機のエンジン音のような笑い声が卓郎の全身を突き抜ける。
「卓郎! どうした!?」
昇が音楽室から飛び出してきた。
「にっ… 藤原…!! 逃げろぉ!!!」
卓郎が叫ぶのと同時に化け物共が雪崩れのように押し寄せてくる。
「い!!?」
その様子を見て昇は慌てて音楽室へ引き返した。
「卓郎!! 早く来い!!」
「言われなくても―― !!!?」
卓郎が駆け出そうとした瞬間― 体が宙を浮いた。一体の男子生徒に突き飛ばされたのだ。
「卓郎!!」
床に落ちた衝撃で息が詰まった。
やべ…! 起き上がれない…!!
「に… げろぉ!! 早く!!! 鍵を掛けろ!!」
卓郎は声を振り絞り、昇に叫んだ。
音楽室のドアよりも奥まで突き飛ばされてしまった。そしてドアは早くもやつらに埋め尽くされた。
くっ―――…!! 終わりか…!!
しかし、敵はすぐには襲ってこなかった。どうやら昇が逃げ込んだ音楽室のほうに興味を示しているらしい。
「こっちだ…! 化け物!!」
なんとか立ち上がった卓郎が、自分のほうに敵の気を引こうとする。
しかし、卓郎に近づいてきたのはその中の10体ほどで、残りは音楽室に入ろうと、ドアを壊し始めた。
最悪だ… このままでは皆死んでしまう…。
卓郎は廊下の端に追いつめられてしまった。
音楽室のドアは一箇所しかない。横に窓があるが、ここは二階だ。飛び降りて無事ですむという保障はない。卓郎に逃げ道はなくなってしまった。
「仕方ない…」
そう呟き、手に持ったカバンからお手製のダイナマイトとライターを取り出した。
こいつをこの群れの中心に投げ込めば、逃げ出す隙くらいできるだろう。
火をつけてから爆発するまで10秒ほどか… うまく中心へ投げないとな…。
卓郎はゆっくりと導火線に火をつけた。
ジジジジジジジ… という音をたて、火花を散らしながら短くなっていく導火線。
あと8秒…。 くたばれ!!
ダイナマイトは確実に群れの中心に向かって投げられた。
よし! 行った!
正確な軌道を描き、宙を舞うダイナマイト。
しかし…
<コン…>
群れの中で空中を掻き回すやつらの腕に弾かれ、ダイナマイトが撥ね返ってきた。
そして中心ではなく、卓郎の目の前にいる敵の足元へ…
しまった…!! 近すぎる!!!
ここで爆発したら間違いなく巻き込まれてしまう!!!
導火線は徐々に短くなっていく。
ちっ… ここでゲームオーバーか…
ごめんな、祐史…
父さん…
<ドォーーーンッ!!!!>
凄まじい爆発音とともに、廊下にいた化け物共が吹き飛んだ。
「!!? 卓郎――!!?」
音楽室の奥で固まって立っている昇と優哉と有里。
何をしたんだ卓郎!!
廊下に駆け寄ろうとする昇の肩を優哉が掴んだ。
「逃げよう…」
優哉が小さな声で言った。
「…… どうやって逃げるんだよ…?」
優哉は音楽室の窓を開けた。
「ここから出よう」
「馬鹿か…! 二階だぞ? ここは二階だぞ!!?」
「大丈夫、いけるよ」
窓から下を除きながら優哉が言った。
「いけるだと? 何言ってんだ?」
廊下では生き残ったやつらが、再びドアを壊そうとしている。
「死ぬんだよ…! もう、終わりだ!! 皆死ぬんだよ!!!」
「やめてぇ!!」
有里が叫ぶが、昇の耳には届いていない。
「皆殺されるんだ!! 逃げることなんかできない!!!」
「…るせぇ……」
「逃げられ― な゛っあ゛…!?」
優哉が両手で昇の胸ぐらを締め上げた。
「生き残ったやつが軽々しく死ぬなんて言うな!!」
「・・・・・」
言葉が出なかった。
普段大人しい辻が… 本気で怒っている…?
優哉の腕から震えが伝わってくる。
泣いているのか…? 辻…
次々と仲間が消えていく… そうだ… 苦しいのは俺だけじゃない…。
「悪かった… すまない…」
俺は… とことん弱い人間だ…
昇と有里は、黙って優哉の説明を聞く。
「ここは二階だけど、すぐ下に花壇がある。うまくそこに着地すれば…」
たしかに、地面まで3メートルはあるが、真下に丁度花壇があり、花が植えてある。土がクッションになって衝撃を抑えることができるだろう。
隣で有里が不安そうな顔をしている。
「二宮、いけるか?」
有里はすぐに頷いたが、その顔から不安の色は消えない。
優哉が先に窓を跨ぎ、窓下にある足場に立った。
「ふー…」
目を閉じて深呼吸する。
そして昇に目で合図をし、飛び降りた。
<ドッ…>
土を踏む音が小さく聞こえた。
前に転がり、受身をとった優哉がすぐに立ち上がり昇にむかって手を上げた。
「よし、次、二宮だ」
有里から返事が返ってこない。唇を震わせ、呆然と窓の下を見ている。
「大丈夫か?」
「……藤原君… 先に行って」
有里の声は明らかに震えている。
音楽室のドアはもう1分も持たないだろう。
「わかった。すぐに来いよ」
二番目に昇が足場に立った。
「よっ!」
昇も無事に着地。次は有里の番だ。
「二宮! 早くしろ!」
しかし、有里は足場に立ったまま一向に動こうとしない。
「……和海ちゃん…! 河上君…っ!」
「おい、二宮!!」
やつらがドアを突破する音が聞こえた。
「受け止めてやるから!! 早く!!」
昇が真下に立ち、腕を構える。
「ひひひひひひひひひ…!!」
来た…!! 二宮早く!!!
有里はしばらく何か呟いていたが、決心したのか、目を見開いた。
昇の腕にも力が入る。
有里の足が足場から離れた。
………あれ…?
しかし、有里は落下してこない。
「二宮ぁ!!!!」
何が起こったのかわかっていない様子の有里。しかし、昇と優哉にはすぐに状況が把握できた。
一体の化け物が、有里のセーラー服の襟をしっかりと掴んでいる。
そして瞬く間に腕の数が増え、音楽室へ引き込んでいく。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!!!」
無数の手に掴まれた両腕を必死に振り解こうと体をくねらせるが、それも無駄な足掻き。
有里は音楽室の中へ消えていった。
「いや!!! いや!!! いやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…!!!!」
ゴキュッ…! バキバキュ… ズリュ……
やつらの狂喜の声と人体を破壊する生々しい音とともに、悲鳴は聞こえなくなった。
昇と優哉はその光景をただただ見つめることしかできなかった…。