⑧微熱のウワゴト。
頭が痛いの、とドア越しに父さんにつぶやいてから数十分が経ったころ、食パンにたっぷりイチゴジャムを塗った朝食が運ばれてきた。
「なあ、花梨。薬があったはずなんだがな、ほら、父さんが風邪引いたときにもらったやつ。どこかにしまったはずなんだけどなぁ。見つからないんだ」
珍しく弱音を吐いた娘のことを、父さんなりに心配してくれているらしい。
「ありがとう。でも、あたしはもう大丈夫。ちゃんと食べて、学校に行くから」
忙しい父さんに心配かけちゃ、だめ。無理に笑みを作ろうと、口角をつり上げる。
何度も振り返りながらドアを閉め、父さんはカギをかけた。いってらっしゃい、とつぶやきながら布団をかぶる。朝練習なんて、行きたくない……。
「なんなの、おまえ」
開口一番に、野球部男子があたしを指さした。
「何しようとおまえの勝手だけどよ、そうするとおれたちが迷惑するんだよな」
「じゃあさ。いっそのこと大会当日、休んでくれる? ははは」
「いいね、それ。梶間とか川原あたりの、運動神経のいいやつを助っ人にしてさぁ」
「おお! ベストメンバーじゃね? 全勝優勝しちまうかも!」
始業チャイムぎりぎりに教室に滑り込んできたあたしなんか放っておいて、男子メンバーたちは楽しそうに笑い始めた。
そそくさ席に向かうあたしを、梶間の視線が追ってくる。なによとばかりに振り返ると、梶間の長い指が、あたしの目の前に伸びてきた。
「水嶋さん、もしか熱ある? 顔、赤いけど」
ああ、だめだ。そう思ったときにはもう、世界がぐにょりとゆがんでいた。
「ちょっ、うわ! 保健室!」
梶間の力強い腕が、あたしの体を持ち上げる。
やだ。あたし、こんなやつに運ばれたくない……。
「このまま少し休んでいこうか」保健の良子先生が、まゆをひそめた。体温計に目を向け、名簿に何かを書き記しながら、ベッドの準備をする。無理したんでしょ、と強い口調でたしなめて、あとは自分の机に戻っていった。
昨日、水をかぶったまま運動したのが悪かったらしい。それでも、放課後の練習を休む口実ができたのはうれしい誤算だった。
二時間目のチャイムが鳴ったころ、だれかが保健室に飛び込んできた気配がした。ぼんやりまぶたを持ち上げて、耳をすます。
「え、水嶋さんと? もちろんいいわよ。でも今は、眠っているかしらね……」
慌てたあたしは、頭まで布団を持ち上げた。まさか、このあたしを訪ねて保健室まで見舞いにくる人間がいるなんて。
「寝てる?」
声をかけてきたのが梶間だというのは、すぐに分かった。