⑤はね上がる白球。
安アパートの朝は、慌しい。隣人が階段を行き来する音で目が覚めたのは、五時を少し過ぎたころだった。玄関からすぐの台所に布団をしいて寝ている父を揺り起こしてからトイレに入り、出てくるころにはもう卓袱台には食パンが並べられていた。
「花梨、ジャム付けるか」
ふた間しかないアパートでの父娘共同生活も、もう五年目に突入だ。
「ううん、父さん付けたら?」
「ああ、うん。悪いな」
ビンの底にへばりついたジャムを拭い取り、父は大きなあくびをかみ殺した。
「もう時間じゃない?」
「おう、行ってくる」
がちゃりとカギをかける音が響いて、あたしはまたひとりになった。手早く皿を片付けて、部屋じゅう散らばっている洗濯物を拾い集める。父さんは、何度言っても脱いだものをそのまま投げ出してしまう。よく言えば「豪快」、そうでなければ「だらしない」。
細々した片づけをしていると、古い柱時計が六時を告げた。
「あ。あたしも、行かないと」
自室にしている四畳半に戻り、ため息をひとつ取り落とす。今日も、長い一日になりそうな予感がする。
「はい! こっち! きゃあ~」
グラウンドには、すでにクラスメイトがそろって歓声を上げていた。砂ぼこりが舞い散って、いくつものバレーボールが飛び交っている。
春の交流行事の一環として、我が学年では球技大会を行うことが決まっていた。ひときわ目立つ桃色のジャージに身を包み、ほおを朱色に染めた姫が、きゃあきゃあ言いながらみんなを取り仕切っていた。
とりあえず、かばんを下ろしてグラウンドに踏み入った。朝練習をすることに決まったのはいいが、体を動かすのが苦手なあたしは身の置き場がない。目だけを動かして、皆の様子を探るが、だれもかれもあたしがいることに注意を払う者はいなかった。
「あぁ、カジ君! おはよう~」
文字どおり、姫が飛び上がる。
「ハヨ。みんな早いねぇ。眠いよ~」
梶間が大あくびをしながら、のろのろ歩いてきた。ひとりだけよその中学の制服姿というのに、妙に堂々としている。すたすた大またであたしの横を通り抜け、みんなの中に合流した。
「転校早々ごめんね、忙しくなっちゃって」姫がしなだれかかった。
「いや? おれ、バレー大好き♪」
長身の彼のことだ、本当に得意なのだろう。梶間はうれしそうにブレザーを脱いだ。男子らが、こっちこっちと手招いて彼を呼ぶ。そんな光景をぼんやり見つめながら、あたしはそっと校舎に駆け込んだ。始業まで、何をしていればいいんだろう。