③離れ小島に浮かぶ花。
――だれ?
あたしの動揺なんかお構いなしに、転校生は白い歯を見せて笑った。
「え? なんで水嶋?」
無遠慮なざわめきを背景に、あたしは窓枠からすばやく身を引いた。騒動のど真ん中から声をかけられる……こんなストレス、耐えられない。
始業のチャイムがカラコロ鳴って、男は怒り狂って真っ赤になったコヤマに引きずられて退場していった。グラウンドをちろりと一瞥してから、あたしもみんなに紛れて座る。姫の視線が痛い。
姫いわく「ちょっとカッコいい」男の名が梶間なのだと知ったのは、その後のホームルームでのことだった。やっぱり聞き覚えがない。コヤマと担任に挟まれるようにして引き戸の前で仁王立ちになった彼は、そこでもにやりと唇の一端をつり上げて笑ってみせる。
「お疲れ~」
男子らがにやにや出迎えた。すでに仲間意識が芽生えているらしき集団の中に、するりと溶け込んでいくさまは見事としか言いようがない。窓際の最後尾に、ひとりだけはみ出るようにして座っているあたしなんかに言わせれば、「信じられない」の一言だ。
「マジかよ!」
くすくす笑い合う声が、こっちまで聞こえてくる。なんでもシャワー中のコヤマの着替えを拝借し、サイズの小さいぴちぴちジャージとすり替えたものらしい。鼻歌交じりにシャワー室から出てきたコヤマが、かっくりと口を開けたところを皆にも見せてやりたかった、と彼は笑った。
得意げなその横顔は、まるで幼稚園児だ。……いや、猿か。背もたれに反対に座って、黒板に背を向けているのだから。
「なぁ?」我に返ると、梶間があたしの顔をのぞき込んでいた。
「なんで水嶋さんはそんな離れ小島にひとりでいるの?」
最悪。姫のほおが、得意げに緩んだのが分かった。
「なんで、って? ……そんなの、あんたに関係ないでしょ」
「それ、ちょっとひどくね?」
背もたれにアゴをのせていた梶間の目元が、わずかに曇った。
「おれは、水嶋さんに再会できるのを楽しみにしていたのになー」
「待って。あたしはあんたなんかに見覚えないんだけど」
片まゆを器用に持ち上げ、梶間は「そうかな」と自嘲した。
「忘れているだけのことだよ。おれは確かに水嶋さんのことを知っているし、水嶋さんはおれのことを絶対に忘れないからって、泣いてくれたよ」
「やめてよ!」
思わず、教室じゅうに響く声音で叫んでしまった。
「おーい、水嶋ぁ。授業のときも、それくらいの大声を出すんだぞー」
のんきな担任の発言に、クラスが沸いた。梶間も、他人事のような顔でからから笑っている。あたしは唇を引き結んで、机にできた古いインクのしみをにらみつけた。