②体育教師と紺ジャージ。
瞬間、窓辺がどっと沸いた。すばやく辺りを見渡すが、今は自分が笑われているのではないらしい。小さく息をついてから、皆の視線の先を追った。
「待て! 許さんぞ、おまえ!」
紺色ジャージを着込んだむさくるしいヒゲ親父が、グラウンドを全力疾走している。
「あれって、コヤマじゃね?」
だれかがあきれたように、笑った。確かにそのむさい後ろ姿は、体育教師のコヤマに違いない。ぎりぎり二十代の熱血教師で、女子からの人気も高かったはず。親身になって相談に乗ってくれるというので、男子にとっては兄貴のような存在らしい。
だが。どうして。その彼が、サイズの合わない生徒用の紺ジャージを着ているのか。
「あはは。逃げろ、逃げろ。だれだか知らんけど、逃げろー!」
男子らが、無責任に声をかける。コヤマの前を颯爽と駆けていた男が、後ろ姿のままピースサインで答えた。
「きゃはは、なにあれぇ」
攻撃の矛先を失ってふてくされていた姫までもが、窓枠にはり付いた。
「足、速ぁい。ちょっとカッコいいね?」
その声音に、甘い響きが混じった。
「待て、待て! 待てって……」
息も絶え絶えのコヤマが走るたび、つんつるてんのジャージの裾から分厚いすね毛が見え隠れする。
「コヤマちゃんは、かっこ悪いぃ」
完璧ラインの姫のまゆ毛が、ピクリとはね上がった。
「転校生かな? だって、いたらすぐ分かるよね? あんな目立つコ」
ついにコヤマは、サッカーゴールの前まで相手を追いつめた。
「お? やるじゃん、コヤマン」
ぴっちぴちのジャージ姿をさらしたばっかりに、一気に格下扱いにまで落ちぶれたコヤマは、ヘタなフェイントよろしく、左右に体を振っている。
相手の顔が真正面から見えた。口元に微笑をたたえてはいるが、細い目元にはどことなく暗い影がある。やっぱりこの学校の人間とは思えない。そもそも、うちの学校の制服を着ていないのだから。
「コヤマ先生、もうカンベンしてあげて~」
黄色い声援が、あちこちの窓辺から投げかけられる。
――なんか嫌。イスをけって、立ち上がった。転校早々こうも皆に受け入れられるなんて、なんだかちょっとキツい。
「あっ、捕まる!」
女子らの声援を一心に受けたにもかかわらず、男はコヤマの太い腕に組み伏せられ笑いながら降参した。その視線がすぃっと、窓辺を駆け上がる。
目が合った。そのひとみが、急にふにゅりと和らいで、笑ったように思えた。
「おお、久しぶりじゃね? 水嶋さん」