⑲覚醒。
やっぱりね、と沢村ミズキが吐き捨てた。何が、とこっちが聞く前から彼女は唇をわななかせて次々にコトバを重ねていく。
「あいつ、姫にも気があるのよ。転校初日から、ちやほやされてたもんね。ヒドいよ」
「違う……と思うよ?」
口を挟んだことを後悔するほど、沢村ミズキは表情を一変させた。マユを寄せ、唇を引き結び、ぎりりとあたしをにらみ据える。
「好きな人をかばう気持ちは分かるけどね」
――好きな人?
なんのことなのか理解するまで、時間がかかってしまった。
「あたし……」
急に落ち着かなくなって、沢村ミズキに叱責されているのすら忘れてしまう。階段の下をうかがい、梶間がそこにいないのを何度も確かめてから、沢村ミズキに向き直った。
「違うよ! どうしてそんな話になるの!」
両肩をぶんぶん前後に揺さぶられ、沢村ミズキは目をきょとりとさせた。
「大丈夫よ、任せて」
面食らいつつも彼女なりに何かを納得したらしく、ガッツポーズまで作ってコブシを振り上げてみせる。
「あたしたちの生活に、姫はもういらない。排除よ! だから、いくら梶間君が姫のこと好きになりかけていたとしても、花梨は心配する必要ないわ」
「えっ? 違う、そういうことじゃなくて……」
「大丈夫よ!」まったく人の話を聞かない沢村ミズキは、制服をひるがえして方向を変え、軽やかに階段を駆け下りていった。
ひとり取り残されて、ぼやりとしゃがみ込む。
梶間と姫とあたし……そして、沢村ミズキ。姫の……名前?
抱えたままのお弁当箱をぼんやり見つめたまま、昼休みが終わってしまった。チャイムに追い立てられるようにして教室に向かう波に乗り、だらだら歩いた。教室の前に人垣ができていて、足止めされる。
「うるせぇよ。おれに触るな」
梶間の声がした。まさか沢村ミズキが何かしたのかと、慌てて人波をかき分けた。机が三つ四つ転がった先に、梶間がいた。座ったままの状態で突き飛ばされたのか、水泳部の新鋭がイスと共に床に伏せっている。
「何があったの?」
入り口近くにいた女子に声をかけるが、彼女も覆った口をパクパクさせるだけで、うまく説明できなかった。
「梶間! てめぇ!」
我に返った水泳部の新鋭が、機械仕掛けの人形のように飛び上がった。振り向かず、梶間は目だけをぎょろりとこちらに向けた。