⑮あの子の行方。
玄関のチャイムが鳴っている。外に出なくても、だれだか分かる。
「おはよう……」梶間君と続けようか、それともヒデちゃんと呼んでいいものか、迷った。
「うん、ハヨ。……なぁ、親父さんは?」
きょろきょろと辺りを見回す梶間に向けて、「いつもの通り、仕事だよ」と笑みを返す。
「――そっか。うん、でもさ、今日くらいはいっしょにいてくれてもいいんじゃね?」
不満そうにまゆ根を寄せた梶間は、なんだか少しいら立っているように思えた。
「じゃあ、おばさんは? この前もいなかったみたいだけど」
小学四年で彼が引っ越していったとき、まだあたしの家族はばらばらじゃなかった。歩きながら話そう、と誘ったあたしを追うかっこうで、梶間はだらだら付いてくる。
後ろの様子をうかがいながら、「うちの家族も、あのあとすぐに離婚したのよ」と、何気ないふうを装って言ってみた。
「おれが……引っ越した、あと?」
「うん」
梶間一家のごたごたは、子供だったあたしの心にも手ひどい傷を与えた。別々に暮らし始めた両親を見て、自分の家でも裁判が始まるのだと思い込んだ。夜は、頭まで布団をかぶり震えたまま眠った。完全に、おびえていた。
コドモというものは素直で、正直で……ある意味ひどく残酷だ。びくびくした顔つきのあたしは、たちまち「最悪」グループに目を付けられてしまった。小学生のころは、まだいい。担任の先生も味方になってくれたし、仲のいい友だちもたくさんいた。それでも中学にあがるにつれ、あたしはすっかり卑屈になり、しだいにひとりになっていった。
そうなるともう、単なる「からかい」から「いじめ」へと変わるのに時間はかからない。姫のような人間のターゲットとして、あるいは単なるうっぷんのはけ口として、あたしはねらわれ続けた。
「梶間君、のおかげだよ? 少しだけ昔みたいな勇気が持てたの。そうしたらあんな事故があって、なんだかんだで、昨日はひっきりなしにみんな話しかけてきてくれたの」
ありがとう、と続けても梶間は反応しなかった。代わりに、規則正しく響いていた靴音が、わずかに惑ったように足踏みしたのが聞こえた。
立ち止まってもいいのだろうか。振り向いて、どうしたの、なんて言いながら彼の隣に並んでもいいのだろうか。半分だけ振り返って様子をうかがうと、病気なんじゃないかと思うくらい真っ白な顔の梶間と目が合った。
背筋が震えた。色のない顔が、ぽかりとあたしを見つめている。理屈じゃ説明できない何かが、心の奥底でうごめいた。
「あのさ」何か話さなければ、と頭の中で誰かが命令する。「その……引っ越したあと、どこに……どの街に住んでいたの?」
梶間のひとみに、少しだけ色が宿った。
「ジソウ」
「え?」
長い沈黙の末、梶間はもう一度だけ繰り返した。「児相。……児童相談所」