⑭来るべき、とき。
教室のドアを開ける担任に続いて中に入ると、割れんばかりの拍手で迎えられた。
昨日、更衣室の窓から落ちたあたしはすぐに病院に運ばれたが、骨折などの重傷を負うことなく、奇跡的に脳震盪と、かすり傷だけですんだ。その日はそのまま病院に泊まり、翌日の昼に検査の結果を待って退院した。
運動神経がよかったんだな、と涙声で繰り返す父さんの言うとおり、自分でも驚くほどうまく受身が取れたものらしい。
「それじゃあ、水嶋の復帰を祝ってカンパーイ……と、いきたいところだが、おまえたち相手じゃそれもできん」
機嫌よく高笑いした担任の声が、広い教室に響く。
「できるよ~。ほら、学級委員。みんなにお茶、配って配って」
「なんだおまえら、準備がいいなー」
いそいそ配られたペットボトルのお茶を片手に、みんな一斉に立ち上がる。
「それでは、水嶋花梨の無事を祝って……はいっ!」
退院おめでとう、とばらばらに叫んでしまい、爆笑になる。
「マズッた。仕込みが足りなかったわぁ」と、皆を指揮するのは、確か小学校のときに同じクラスになったことのある沢村ミズキだ。
「花梨、キャップ開けれる?」
心配そうにのぞき込んでくるのを不思議そうに見返した。
「あ……うん。ごめん! そう、今さらでしょ? でも、今回の姫はやりすぎだわ。付いていけない。無理」
うんうん、と同調する女子らの反応を見る限り、姫の策略か何かで動いているのではなさそうだ。思わず、梶間の姿を探した。
「あ。梶間君? 残念だけど、彼は今日お休みなの。でも、すごくすごく心配してたよ」
含みを持たせた笑みであたしの脇腹を小突いてきた。
「うん。知ってる……昨日はずっと病院にいたから……」
そうなんだぁ、と沢村ミズキはペットボトルを一気にあおった。
「でもさ、花梨には悪いけど、これでよかった」
「何、が?」
「ああ、うん。ほら、姫のことよ。あの子ってさ、ちょっと……やりたい放題すぎてさ、なんかあたしらもどうよ、って思ってたからさ。ほら、見てみなよ」
うながされるまま首をめぐらせると、姫の取り巻き面々が居心地悪そうに一箇所に固まって小さくなっていた。
「権力の失墜?」
満足そうに笑う沢村ミズキをよそに、彼女たちの様子をうかがう。そこに姫の姿はない。
「あんなことやらかしたんだもの、そりゃあ出て来れないよね」
鼻歌交じりに皆の輪の中に戻っていく沢村ミズキの後ろ姿を見送りながら、長いことペットボトルを握りしめていた。長い間待ち続けた瞬間が、思ったよりも簡単に訪れたことに驚いた。なんだか、拍子抜けしていた。