⑬落下の法則。
花梨ちゃん、と教室の一番奥から梶間が声をかけてきた。
「今日の放課後練習さ、おれも参加するから!」
言いながら、最強バレーメンバーとハイタッチしている。
「秘密の特訓の成果を皆に見せてやろうぜぇい!」
やけに浮かれたふうに声を弾ませ、水泳部の新鋭と脇腹を小突き合っている。新鋭は、あたしに見せるのとはまったく違った顔で、ほおを紅潮させ、「まじで?」とけらけら笑い声を上げた。
「よし! 花梨ちゃんが着替えてくる間、おれたちはアップしてよぅぜ」
じゃあな、先に行ってるからな、などと口々にあたしに声をかけていくメンバーを信じられない面持ちで見送る。梶間のクッション効果もあって、ここ数日の男子メンバーの態度は急変していた。中には、梶間を倣って「花梨ちゃん」などと冗談めいた口調で声をかけてくることもあるので、気が抜けない。
彼らと親しく会話しているのを姫に見られたら最後、強烈な攻撃が待っている。注意深く辺りをうかがい、姫もその手下も姿がないことを確認した。安心して、ジャージの入ったバッグを片手に体育館へと向かう。少し登った中二階に、更衣室は作られていた。
女子更衣室には、ふたつの窓がある。ひとつはグラウンド側に面したとても高い場所にあって、専用の器具を使わないと開閉できない仕組みになっている。もうひとつは体育館側の壁に沿っていて、カーテンを開ければ体育館はもちろん、その先にある渡り廊下まで見渡せるようになっていた。
そちら側の窓が開いている。着替えようとしていたのを止め、カーテンに手を伸ばした。梶間が皆とじゃれ合いながら、ストレッチをしているのが見える。
「彼がいなくなったら、また……あたしは……」
夏頃には戻る、と梶間は言った。戻る、ということは「ココ」は彼の居場所じゃない、ということだ。胸の奥底がじくりと痛んで、目を伏せた。
そんな、わずかな瞬間だった。世界のすべてが回転し、足元が不確かに揺れた。
「きゃああああああああ!」
だれかが叫んだ声が聞こえたが、もしかしたらそれは自身の声だったのかも知れない。
ほおに風が強く当たり、びゅんびゅん耳元をかすめていった。体育館の床に張り巡らせた白いテープが眼前にせまり、ようやく自分が窓枠を乗り越えてしまったのだと気づいた。
ドン、という衝撃音が妙に遠いところで響き、あとは何も聞こえなくなった。反射的に頭を持ち上げると、更衣室の窓辺でいくつかの影がうごめいているのがぼんやり見えた。
「だめだ、動くんじゃない!」
それが梶間の声だと気づき、素直に従った。あたしを抱える腕が、指が、震えている。
「どうして……花梨ちゃん。いったいだれが……」
嗚咽に近い声で彼はあたしを包んだ。
あいつだ、と梶間の問いに鋭く答える者がいる。
「ぼくは見たんだ。あいつだよ! 姫が水嶋さんを押したんだ!」
怒りのまま声を張り上げたのは、学級委員の徳島祐だった。