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⑫近ごろの「スポ根」事情。

 珍しく、その夜は夢を見なかった。ゆっくりと眠りすぎて、翌朝、父さんに揺り起こされたあともしばらく布団の中でまどろんでいた。

「具合はどうだ? その、休むようなら……学校に連絡しておく……ぞ?」

 妙に歯切れの悪い口調に、首をひねる。普段なかなか縁のない学校に電話をするのが億劫なのかと推測し、慌てて否定するも、襖の奥から顔だけ出した父さんは、なおも口をもごもご動かしている。

「父さん?」ようやく頭が冴えてきた。これは何かあるな、と半身を起こす。

「ああ……その、なんだ。花梨? お友だち……が迎えに来てるんだ。具合が悪いなら、先に行っててもらおうかって、思ってだな……」

 最悪。

 昨日の練習をサボった腹いせに、チームのダレカが家まで押しかけてきたのだろう。唇をかんで顔を上げると、パジャマ替わりのスウェットの上にフリースを着込んだ。勢い込んで襖を開けると、のんびりココアをすすっている梶間と目が合った。

「あ。ハヨ~」

 父さんの布団が敷かれたままの台所に、長い手足を窮屈そうに縮めて座っている。

「なんでいるの? ここに?」

 ずずず、と湯気の立つココアをすすり、梶間は「だってさぁ」と妙に甘えた口調であたしを見る。「昨日、約束したでしょ? ふたりで朝練するって」

「そうだっけ?」と首をひねるあたしに、梶間は「そうだって」と破顔する。

「あのですね」

 あたしに対してではなく、不安そうにきょろきょろしている父さんに向けて、梶間は説明を始めた。もうじきクラス対抗の球技大会があること、クラスみんなで練習に燃えていること、それでも自分は転校生だからみんなといっしょの練習は気後れしてしまうこと。そこまで言って、梶間はあたしを振り返りゆっくりと続けた。

「早く皆に馴染むように、まずはふたりで特訓しようって水嶋さんが提案してくれて」

 都合のいい説明を創り上げた梶間に対し、父さんは「それは、大変だな」などと取ってつけたようにつぶやいた。

「近ごろは、球技大会ひとつでも、大ごとなんだなぁ」

 そうですねぇ、と他人事のように首を振る梶間を見かねて、あたしは助け舟を出す。

「父さん。ヒデちゃんだよ、上林英嗣。ほら! 引っ越す前、近所に住んでた」

 そこで初めて納得のいったような表情を見せ、父さんは梶間を見つめた。

「あぁ、そうか。見違えたよ。分からなかった……本当に。男の子の成長期って、別人のように変わるからなぁ。大変だったなぁ、あのころは。もうこっちに戻って来れるようになったのかい?」

 気後れしていたのを取り戻そうとするかのように、父さんは急に饒舌になった。

「いえ、少しの間なんです。夏になる頃には向こうに戻る約束をしていて……」

 そう答えた梶間の声が、朝練習をしていても、授業が始まっても、ずっとずっと頭の奥で鳴り響いて離れなかった。



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