⑪あのころの。
様々なことが、急にはっきりと見えてきた。
男子らが梶間をあっさりと迎え入れていたのは、転校初日から先生相手にバカをやったのがウケたのではなく、元々小学時代から仲のよかった子らが彼を覚えていたからなのだ。
「でも、どうして梶間って……」
言いかけて、自分で気がついた。彼が転校することになった、理由。そのせいで、彼の苗字は変わったのだ。
「さぁて」ぽん、と机の上に飛び乗って腰をかけ、彼はまっすぐにあたしの顔をのぞき込んだ。柔らかそうな髪をかき上げて、うんうん、と何度か小さくうなずいている。
「まだ具合悪そうだね。送るよ。」
何気ないふうに言い置いて、あたしの荷物に手をかけた。自分のスポーツバッグと併せ持ち、もう一方の手をあたしに伸ばした。まっすぐに。
「行こう?」
それでもぼやりと立ち尽くしていると、彼は伸ばした指先であたしの手をそっと包み込んできた。手を握り、まっすぐ教室を突っ切って歩く。真っ赤な顔で唇をとがらせている姫の前を通り過ぎるとき、どんな顔をしたらいいのか分からなくなって、慌ててうつむいた。
――許さない。
なにやら穏やかでない単語が耳元をかすめたが、妙に温かい梶間の手を振りほどくことはできなかった。そのまま教室を出て、グラウンド脇の小道を突っ切り、小さな商店街に入る側道まで来たとき、ようやくあたしは口を開いた。
「あのね、あの……梶間、君」
「ヒデちゃん、のがいいな」
からかっているのか、冗談めいた口調で、梶間は笑う。例の、妙に幼く見えるあの笑い方だ。
「梶間君」重ねて言い添えると、彼はふっと口元をほころばせた。
「元気出たみたいだね、花梨ちゃん」
その呼び方が妙に恥ずかしくて、下を向く。
「花梨ちゃんの家って、こっち……だよね?」
「あっ、ううん。違うの。あたし、引っ越したから」
そうなのか、と梶間は驚いたようにあたしを見た。
「だからか」と、またひとりだけ分かってます、といった風情で首を振る。
「おれねー。毎朝、花梨ちゃんの家の辺りをうろうろしてからガッコ行ってたんだ。まったく会えないから、フツウに避けられているのかなって思ってた」
そんなこと、と思わず声を荒げてしまい、急いで下を向いた。
「いいって、おれの前では本当の自分を見せて?」
――本当の自分。
いつでも友達と笑い合い、思ったことを何でも素直に口にしていたあのころの?
ヒデちゃんといっしょにいた、あのころの?