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⑩泥だんごの賞味期限。

 十分すぎるほど時間を置いてから戻ったというのに、放課後の教室はまだ笑い声でいっぱいだった。引き戸の前で深呼吸をしてから、そろそろと利き手を伸ばす。

「おい。そこ、じゃまなんだけど」

 太い声が背後から聞こえたと思ったら、あたしは体ごと吹っ飛ばされていた。見直すまでもない。きっと、最強バレーチームのうちの……ダレカだ。

 甘ったるい香りが、室内を覆っている。あたしの机の上には、黒ずんでぺしゃんこになった調理実習の失敗作が投げ出してあった。周りには、カップケーキやクッキーの食べカスが、これ見よがしに落ちている。

 くすくすくす、といつもの笑い声が耳に届いた。どうしよう、失敗クッキーは受け取るべき? ぼんやり考え込んでいたら、窓辺で梶間がまどろんでいるのに気づいた。だらしなくブレザーを着くずし、片手にアゴを乗せている。

 伏せたまつ毛は、もしかしたら、すっぴんの姫よりも長いかも知れない。見つめすぎていたせいか、梶間がゆったりとまぶたを持ち上げた。

「どうしたの?」

 見舞いに来てくれたのと同じやんわりとした口調で、そのまま小首をかしげる。もしかしたら怒らせてしまったのかも、と後悔していたが、どうやらそうではないらしい。いや、そもそもそれほどまであたしに関心がないのかも知れないけど。

 机の上に置かれた「悪意のカタマリ」を隠そうと伸ばしたあたしの手を、梶間の骨ばった長い指が引っつかんだ。

「ちょ……」

 あせったあたしは、またも姫のいる辺りに視線を滑らせる。

「ひでぇな、これ。だれが作ったんだ?」

 真っ黒焦げのクッキーモドキをつまみ上げ、梶間はポイっと口の中に放り込んだ。

「苦げえぇ!」半ば絶叫のようにむせ返り、「いや、でも中のチョコはうまい?」と、けらけら笑い上げる。

「やだ! カジ君。そんなの食べちゃだめだよ!」

 慌てた姫が、タオルを持って駆け寄ってきた。

「吐いちゃって!」

 やけに真剣な目を見ていたら、本気で不安になってきた。何を入れたんだ、この女。

「大丈夫、大丈夫。おれ、泥だんご食ってもへーキなくらい、腹は強いんだ。ね?」

 最後にあたしに向けて笑いかける。

「砂場でよく遊んだね」

 梶間ができの悪い生徒にヒントを出すかのように、いたずらっぽく笑った。ぼんやりとしていた不確かなものを手繰り寄せようと、目を細める。

「そうだ、ヒデちゃん。昔、砂場で作った泥だんご……食べて……」

 おかえり、あたしがつぶやくと、梶間はふにゃりと口元をゆがませた。

「ただいま」

 彼は、幼なじみの上林英嗣……ヒデちゃん、なのだ。


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