①田んぼの中のお姫サマ。
満開のサクラ、サクラ。生暖かい風が吹くたび、ゆらゆら、ひらひら。
中学二年になったばかりのあたしは、桜色にそまった教室の中で……何もかもに、おびえていた。
「また水嶋さんって……ねぇ?」
歌うような節のあと、痛いほどの視線があたしの薄っぺらなほおに突き刺さる。
「ホント? ヤだぁ」
くすくす笑いのあと、実際に何か小さな塊が飛んできて、こつりと肩先にぶつかった。
「なにあれぇ。ふふふ」
またも何かが直撃する。痛がるほどでもないが、連続して飛んでくるので始末が悪い。一度、あっ、という声のあとに頭上をはるかに越えた塊が、ノートの上に落ちた。規則正しく羅列された文字の間の、悪意ある消しゴムカスの塊。
シャープペンを握る指が震え、なぜだか急に何も書けなくなった。
それでも授業は止まらない。硬く身を縮ませ、唇をかみ締める。
「……ちょ、飛びすぎなんだけどぉ」
うちのクラスには、姫がいる。だれもかれも彼女の言いなりだ。一年の終わりに上級生の女子グループとやり合って、仲裁に入った生活指導の丸山芳郎を辞職にまで追い込んだのは有名な話だった。
教職二十三年の丸山は、すべての矢面に立たされた上に学校を去ったのだ。それ以来、姫にも姫ママにもかかわりたくない、というのが学校側のスタンスだった。
もちろん本当の話なんて、だれも知らない。丸山は一身上の都合でやむなく教職を辞したのだと聞かされたし、三年女子は今もぼんやり登校している。
信憑性の無いウワサを頭から信じるなんて、ばかみたい。
そんな反骨精神を抱いてしまったばっかりに、あたしは通常授業の始まるころにはもう、クラスじゅうの女子にハブられていた。姫の機嫌を損ねたら、今度は自分にターゲットの矢印が向いてくる。右に倣え、がココでの利口な生き方なのだろう。
間延びしたチャイムが鳴って、そそくさと教師が去り、話し相手のいないあたしは何度も教科書を出したりしまったりを繰り返す。この前、寝たふりをして机に伏せっていたら、「ねえ? 本当は起きてるんでしょ」と意地悪く声をかけられたのが、利いている。
「やだ。水嶋さんて、話す相手もいないんだ?」
本格的に攻撃を仕掛けようと、姫が身を乗り出してくる。かわいらしい声をして、残酷なコトバをたたきつけてくるのだ。容赦なく。この、ど田舎のお姫様は。
自らの放ったコトバの威力を確かめようと、姫の視線があたしを射抜く。取り巻きの小者たちが、またも大げさに笑い声を上げた。
ああ。もうイヤダ。勝手にして。
あたしは視線をグラウンドに落とした。こんなぐろぐろした世界なんて、さっさと飛び出してしまいたい。
――幼いあたしとぐうたら親父を捨てた、母さんみたいに。