制作会議
「それでは、ただいまより次クールに放映する番組内容をどうするか、協議したいと思う」
制作スタッフ一同が会議室に集まり、神妙な面持ちで会議が始まった。
私は書記として、紙とペンを持ち、今日の会議内容を一言一句もらさないよう、全員の発言に意識を集中する。
まずはタイトル、『第1回番組製作会議』、今日の日付、時間を入れて、参加者が『森山、山本、本木、桜井、鈴木、谷口、望月(記)』……と。場所は『第2会議室』。
「次クールに放映するものは上から『ドラマにする』とすでにお達しを受けている。配役の一人はあの丸田さんだと決まっている。その上で、俺たちはどんなドラマにするかを考えていかなければならない。漫画や小説のように、原作がある作品をドラマ化させるか、それともオリジナル作品を作るか、そこから考えていかねばならない」
そ、そんなにペラペラとしゃべらないでくださいよ、係長。私の書記能力はそんなに速くないんです。ええと、『次クールに放映するものはドラマ、配役の1人は丸田さん……』と。
「部長もでっかな仕事、持って来てくれたものですね! これは僕ら、いい加減な仕事できないですよね」
メモメモ……『部長はいい加減な仕事です』……と。
「そうだな……、わが社がさらに発展できるかどうか、我らにかかっているといってもいい! 頑張ろう!」
『はいっ!』
えっと……今の発言をうまくまとめるならば、『参加者一同はその意見に賛成した』……よし。
「まずドラマだが、どのような路線で行くのがいいだろう? 昨今の流行は『生真面目路線』『おバカ路線』『純愛路線』の3通りに完全に分類されると思うのだが」
『ドラマは『生真面目でバカな純愛』』……係長、決めていくのが早い。
「係長、どういうことですか?」
「大御所タレントが司会のあるクイズ番組から、視聴者が芸人のマヌケな行動を見て、大爆笑するという流れが出来たではないか。そこから『おバカタレント』の起用がどのテレビ局でも多く採用されることになった。この路線で行くのが『おバカ路線』。おそらくそこそこのニーズはあると思われる。多少番組制作を失敗したとしても、流行に乗っているため、大失敗することは無いと思う」
「なるほどー……けど、あの流れぶっちゃけ僕、好きじゃないんですけどね、仕方ないのかなあ……」
『ヘのつくクイズ番組で司会をしているある大御所タレントはおバカ、好きじゃない、けどそこそこニーズがあるから仕方ない』。うんうん、このうまく大事なところだけを抽出する能力、私って書記の才能あるね。
「そう言うな。それが今のトレンドなのだから我々は我慢するしかない。最近のクイズ番組なんてほぼその形式だ。難問が解けた事に視聴者がスゲーと感動するのではなく、芸人が簡単な問題を間違えてバカにしたり、芸人が慌てふためく様を見て楽しむのが今の流行のようだ」
は、はやいよう……まだ新人なんだから、もうちょっと手加減してよう……『それが今のトレンド』……あ、あってるかな?
「そこで最近のそこから反発したかのように、また『おバカタレントを他のタレントがいじるのを見るのは嫌だ』という意見がアンケートや視聴者の意見から出始めつつある。その層を取り込むのが『生真面目路線』。ニッチな層を狙うわけだから、失敗すると大損を見るかもしれない。けれど、テレビの新しい流れを作ることが出来るかもしれない、うまくいけば大もうけだ」
「なるほど」
「最後の『純愛路線』はまあ……説明するまでもないだろう。『冬ソナ』を筆頭とする韓流ブームは最近日本のドラマにない純愛物語がうけていると言う話もある。また、ケータイ小説でも『恋空』『あたし彼女』のような純愛小説が人気だ」
『恋空とあたし彼女は純愛。私は『恋空』『あたし彼女』が純愛小説とは思わないけど……てへっ』……しまった! 議事録なのに私の心の声を書いちゃった! ヤバいよ、ボールペンなのに……ま、まあ後で清書すればいいよね。
「けれど『生真面目路線』も『純愛路線』もまた、過去の先人が行ってきた事を真似するだけですよね? なんか新しい流行って感じはしないです……」
「ふむ……温故知新は大事だと思うのだが……ならば、どのような作品がよいと思う?」
「……」
会議に参加している全員が一同に沈黙した。やはり新しいアイディアを出すと言うのはなかなかに難しいらしい。
むー、この状態を表す何かいい表現、ないかなあ。書記マスターを目指す私としてはピッタリなフレーズを考え出さないと気がすまないんだけど。
「あ……こんなのはどうでしょう?」
私がうんうんと唸っている間に、若手先輩社員の1人から発言が出た。くっ、後ちょっとでいい言い回しが生まれそうだったのに。
ったく、もうちょっと待ってから、発言してよね。
「ん、なんだ? 言ってみろ?」
「視聴者参加型ドラマ……と言うものです」
「素人をドラマに出すってか? バラエティーとしてはありだが、きちっとしたドラマを作るなら無しだろ」
「い、いえそうじゃありません……さ、最近地デジ化が進んでるじゃないですか」
「……それが?」
『視聴者参加型ドラマの作成』……と。
「地デジ化する事で視聴者から能動的に意見がもらえるようになるんです」
「……で?」
『地デジ化する事で視聴者の意見がもらえるようになる』……。
「毎週毎週ドラマの最後に、選択肢を用意するんですよ。A、恋人はミキ! B、マコトを襲って禁断の関係に! C、いや、ハーレムだろ。 D、ディレクター首にしろ。みたいな感じに」
「……Dがものすごく気になるが……まあ、続きを言え」
『恋人にミキがいながら、マコトを襲い、ハーレムを作ろうとしているディレクター首にしろ』……ホントなの?
「そして、視聴者から一番得票率の高かった作品を受け付けるようにします。次週からは視聴者が一番見たかった作品が放映されるわけです。オダギリジョーがライフカードのCMをやってましたが、そんな感じですね」
えっと、どう書けばいいかな? 『そして、次週からはオダギリジョー』。
「……で?」
「以上です」
「そんなん出来るわけないだろ! 少しはもの考えて物言え!」
「ええ、何でですか?」
「お前、ドラマ作成が1週間でできるわけないだろ! 毎週毎週ドラマが終わってからシナリオ考えて、セットを組み立てて、ロケに行って、役者にセリフを覚えさせて撮影か!? んなもんできるか!?」
「『渡る世間は鬼ばかり』の様に、演じる箇所は常に同じ場所にしておきます。セットはこれで何とかなります。シナリオと役者とスタッフと編集には私たちと一緒に地獄を見てもらいましょう」
……『渡る世間は鬼ばかりはいつも同じ場所、間違いない』。
「んなもんできるかよ……」
「では、お聞きしますが、例えばドラマでもマンガでもアニメでも小説でもいいですが、納得出来ない展開ってありませんか? ベジータはいつまでも敵でいてほしかった、とか、セーラーマーキュリーの出番もっと増やせ、とか15分間以上もひたすらキムラタク総理一人の演説を続けるのは、制作者の怠慢だろ、とか」
……はあ、何熱弁ふるってるんだか。この部分は無駄よね。
「最後のはいろいろまずいが、時々思うときはあるな」
ぶ、部長!? そこは同意しちゃダメですよ!?
「ですよね? そしてそれは視聴者の大勢が思いを抱いていることではないでしょうか? 確かにシナリオライターさんの意向は大事です。この物語で言いたいことを表現したい、というのも分かります、ですがそれが原因で視聴者に受けないストーリーができてしまっては意味がありません」
視聴者の期待を裏切ったり、びっくり仰天の展開をするから、続きが気になって視聴者はついてくるんですよ!
「し、しかしだな……」
「私たちはサービス業です。自分たちの苦労ばかりを考えるより、視聴者のことを考えるのが必要なことではないでしょうか? そういう経験をすることで、自分たちの成長につながるんです。リスクを負いましょう」
ブラック企業! 自分たちの成長とか、ブラック企業の常套文句です!
「ふむ……あいわかった。お前がそこまで言うのなら、やってみようじゃないか……かなり大変かもしれないが。みんな、その案でいいか? 部長からだめといわれ、ポシャるかも知れないが……」
「いいですね」
「面白いと思います」
「やってみましょう」
……き、決まってしまった……デスロード確定っぽい……早めに結婚して、地獄を見る前に寿退職しようかなあ。
「しかし、そうなると、配役の丸田さんのスケジュールが気になるな。おい、丸田さんのスケジュールがいつ空いているか、しっかり確認しとけ!」
「はい!」
……『丸田さんのスケジュールがいつでも空いているかどうか、確認すること』。
「……おし、時間も時間だし、ひとまず今日の会議はここまで」
ふぅ、この内容を議事録に……かあ。大変だあ。
「森山係長! 今回の議事録出来ました!」
「おし、望月。それじゃ確認するから、俺のメールアドレスに送ってくれ」
「はいっ!」
えっと、森山係長のメールアドレスはと……あ、これこれ。よし、送信っと。
……………………………………………………あ、これ、社内全員のメーリングリストだ。
……、ま、いいか。
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今回の議事録。
第1回番組製作会議
日時:2010/08/13 15:30-17:30
場所:第2会議室
出席者:森山、山本、本木、桜井、鈴木、谷口、望月(記)
次クールに放映するものはドラマ、配役の一人は丸田さんと決定している。これに対し、山本係長から『部長はいい加減な仕事です』という発言があり、特に意見も無く、全員が賛成した。
ドラマのタイトルは『生真面目でバカな純愛』という意見が出て、特に反論も無く賛同された。
これの出演者に関連し本木主任から『ヘのつくクイズ番組で司会をしているある大御所タレントはおバカ、好きじゃない、けどそこそこニーズがあるから仕方ない』という意見が出され、森山課長から『それが今のトレンド』と諦めの言葉が出、特に意見も出ず賛同された。
また、作品制作にあたり、純愛物語の『恋空』『あたし彼女』を参考にするべきだという意見がだされ、それらは純愛路線であるかどうか疑問の声が出され、参考にすべきかどうかは保留になった。
どのような路線のドラマを作るかと言う議論があり、谷口から、『視聴者参加型ドラマの作成』と言う意見が出た。最近は視聴者から『恋人にミキがいながら、マコトを襲い、ハーレムを作ろうとしているディレクター首にしろ』と言う意見も着ており、『次週からはオダギリジョー』と言う意見もあると言う。これらの意見を聞けると言うことが決めてとなり、祖その他さまざまな議論がなされ、『視聴者参加型ドラマ』と言う方針で決定した。
これに関連して、ドラマのスケジュールは忙しくなると考えられるので、俳優の丸田さんのスケジュールがいつでも空いていることを確認すること。
以上。
最近の私と上司の会話の実体験がもとだったりします。
「あ、すみません、ちょっといいですか?」
「ん、なんだ?」
「今度、○○の打ち合わせをしたいと思うのですが、今週はいつが空いていますか?」
と聞こうとしたところ、
「あ、すみません、ちょっといいですか?」
「ん、なんだ?」
「今度、○○の打ち合わせをしたいと思うのですが、今週はいつでも空いていますか?」
と聞いてしまった。あわてて言い直そうとして、
「ち、違います! 今週はいつでも暇ですか!?」
と言い直すところを間違え、大ひんしゅくをかった。いい間違いには気をつけよう。