Homeless、ホームレス
100年前、世界を救ったはずの勇者ミリック・シェルフィードは、世界に「永劫の黒雲」という呪いを残して消えた。太陽を失い、魔法の代償である「石化」に怯えながら生きる人々。混沌の「ダイム街」の路地裏には、1人の傲慢でマイペースなホームレスの少年がいた。彼の名はアレン。踏みにじられたおにぎりの恨みから始まる、世界を覆すバグたちのダークファンタジー、開幕。
昔、俺がまだ2つにも満たない頃の記憶、今は亡き母から聞かされた100年前の昔話だ。
かつて、この世界には光があった。
100年前――突如として現れた三大怪獣を討伐し、世界を救った不滅の救世主、
勇者ミリック・シェルフィード。彼の功績に人々は涙し、救世主だと崇めた。そう、彼が世に出てきてからあらゆる分野が発展を遂げた。剣術、魔術、歴史学、地政学、医学、天文学、芸術、、、、彼はあらゆる分野に長けた天才の名家・シェフィード家の長男だった。やがて彼は国のトップ・英雄王ミリックとなり、治安が改善され、衛生も良くなり、人々から失われていた希望が返ってきた。
しかし、平穏は長くは続かない。
富、金、権力に目が眩んだ王フェリック・ファウダーの裏切り。その傲慢な思想とどこまでも尽きない野心は、
英雄の心に絶望という名の怒りを灯した。
「もはや、この世界に与える光などない」
勇者ミリックの放った呪いの魔法は、世界の空を永劫の黒雲で閉ざし、自らもまた代償として石と化し、海底の奈落へと沈んでいった……。
それから100年。
太陽を失い、荒廃した国家ネーダル。
魔法の代償に怯え、肉体と精神を蝕まれながら生きる人々がひしめく東の荒れ地――ダイム街。
貴族ヴァーミリオンと非公認組織FIS、二つの血に飢えた狂犬が覇権を争うこの混沌の路地裏に、一人の少年がいた。
——少年の名は、アレン・シェルダーソン。
世界のバグか、あるいは変革の引き金か。
漆黒の雨が降り注ぐ中、今、激動の歯車が静かに回り出した。
「おい、自由人。FISのシマに最近住み着いているって噂の奴はお前だったか。」
濁った黒雨が、ダイム街の割れたアスファルトを叩いている。17歳のアレン・シェルダーソンは、泥水にまみれたフードの奥から、男の胸元で鈍く光る「B+」の階級章を冷ややかに見つめていた。
「さっさとどっか行け、ここはお前のような薄汚い浮浪者がいていい場所じゃねぇ。せっかく張り替えさせた白いタイルが台無しじゃねぇか、こんな汚ねぇもん落としやがって。」
50年以上続く、 非公認裏組織FISと七大貴族ヴァーミリオン家の縄張り争い。
その狭間にあるこの東の荒れ地・ダイム街では、毎分どこかで魔法が炸裂し、代償によって肉体を石に変えられた奴らがゴミのように転がっている。
遠くを見上げれば、黒い雨雲の向こうに、ヴァーミリオン家の白亜の豪邸が傲慢にそびえ立っていた。
「おい、聞いてんのか浮浪者が!」
男が魔導の炎を拳に宿す。皮膚のほんの一部がパキリと灰色に硬化する――代償を支払った一撃。
だが、
「俺に敵対するつもりか?」
アレンが腰のボロ布に包まれた白剣の柄に手をかけた瞬間、路地裏の空気が一瞬で凍りついた。男の直感が「死」を察知し、拳の炎がピクリと揺れる。雨が止っているように見える。
測定器のバグか、世界のバグか。
階級社会のこの世界で、この17歳が、この街で一番『触れてはならない化け物』だということを、皆疑っていた。
ゴボゴボと、壊れた排水溝から黒い水が溢れるプロス地区の路地裏。
その泥水を、猛烈な熱量が瞬時に沸騰させた。突如空から現れた何者かによって。
「——テメェが、メシックを殺った放浪者か」
蒸気の向こうから現れたのは、壁のように巨大で、英雄王のように人情深い男・ゴリアルだった。FISの八番隊を率いる中尉であり、このプロス地区の誰もが恐れるランクA+の怪物の胸元には、誇り高くエンブレムが光っている。
その右腕は、魔術の代償によってすでに肘まで「どす黒い鉄石」に変貌していた。
「メシックは不器用な奴だったが、俺の大事な部下だった。オメェに潰させられていい命じゃねえんだよォ」
ゴリアルが握る大剣から、ブワリと爆炎が吹き上がる。
降り注ぐ黒雨が蒸発し、路地裏が白い闇に包まれた。アレンは寝床の段ボールに背を預けたまま、静かに目を細める。
「……ただの正当防衛だ。あいつが先に、俺の飯を踏み潰した」
「言い訳はあの世で聞く!」
「あの世じゃ聞けねぇだろッ——」
ドン、と大気が爆ぜた。
筋力強化されたゴリアルの巨躯が、一瞬で距離を詰める。アスファルトが足元で砕け散り、炎を纏った大剣が、アレンの頭上から路地ごと一刀両断にする勢いで振り下ろされた。
逃げ場のない狭い路地。常人なら熱風だけで肺を焼かれて即死する。
だが、アレンの瞳には、ゴリアルの全身を巡る「炎の魔術の、歪んだ継ぎ目」が、あまりにも鮮明に見えていた。
剣の柄に、アレンの「石化していない」綺麗な指が、そっと触れた。
――キィン、と。
大気を震わせるような、細く鋭い金属音が夜の路地に響いた。
次の瞬間、爆音と共に猛烈な衝撃波が吹き荒れる。
ゴリアルの大剣から放たれた業火が左右のビルの壁をドロドロに焼き溶かし、沸騰した黒雨が白い蒸気となって視界を完全に埋め尽くした。
「ガハハハハ! 灰も残らねえか、噂だけのガキがァ!」
ゴリアルが勝利を確信し、耳障りな笑い声を上げる。
筋力強化と火炎魔術の二重発動。まともに喰らえばランクAの防衛魔導士ですら消し飛ぶ、彼の最大火力の一撃だ。右腕の皮膚がパキパキと音を立て、さらに指先まで黒錆の石へと侵食されていく。だが、部下の仇を討った充足感が、その激痛を上回っていた。
しかし。
「……暑苦しいな」
白い蒸気の奥から、酷く退屈そうな声が鼓膜を刺した。
「なっ———!?」
ゴリアルの笑い声が凍りつく。
風が吹いたわけでもない。ただ、アレンがボロ剣をほんの僅かに横へ「振った」だけで、路地を埋め尽くしていた数千度の熱風と爆煙が、まるでモーセの海割りのように綺麗に左右へと両断されたのだ。
そこには、傷一つ負っていない少年が立っていた。
衣服の裾すら焦げていない。それどころか、彼の足元にある泥水さえ、一滴も蒸発していなかった。
「バカな……! 俺の魔術を完全に相殺しただと!? 魔方陣も、詠唱も、魔力の残滓すら無かったぞ!」
「相殺? 違うな」
アレンはゆっくりと歩を進める。その足取りには何の構えもない。
ただのホームレスが夜道を散歩するかのような、
「お前の魔術が貧弱すぎたもんで、簡単に切れたぞ?」
「ふざけるなッ! 舐めるなァァァ!」
ゴリアルが激昂する。
残った左腕で大剣を狂ったように振り回し、今度は連続の斬撃を繰り出した。一撃一撃がプロス地区の建物を容易く両断する破壊の嵐。炎の刃が網の目のように路地裏を襲う。
だが、アレンの身体は、まるで最初からそこに刃が存在しないかのように、紙一重の最小限の動きですべての斬撃を躱していく。
ドォン! バキィン! と背後のビルが崩落していく中、アレンの瞳だけは冷徹に、ゴリアルの動きを捉え続けていた。
(右肩の筋肉が収縮する瞬間、火炎の魔力がコンマ数秒遅れて大剣に流入している。そこが、この魔術の致命的な『綻び』だ)
アレンの脳内では、ゴリアルの超高等魔術が、ただの欠陥だらけの「出来の悪い数式」にしか見えていない。
「これで、終わりだ」
アレンが小さく呟いた。
ゴリアルが最大の大上段から剣を振り下ろした、その刹那。
アレンのボロ剣が、下から上へと、目にも留まらぬ速さで跳ね上がった。
——ザシュッ。
肉を断つ音ではない。乾いた砂を切るような、奇妙な音が響く。
「……あ?」
ゴリアルの動きが、ピタリと止まった。
大剣を握る腕に力が入らない。それどころか、剣に纏っていたはずの爆炎が、まるで水でもかけられたかのように一瞬で霧散していく。
見れば、ゴリアルの大剣の刃に、縦に一本の「亀裂」が入っていた。
次の瞬間、 FISの幹部が誇る一級品の武器が、パラパラと音を立てて硝子細工のように砕け散り、泥水へと崩れ落ちた。
「お、俺の、魔術が……消え……?」
ゴリアルは膝から崩れ落ちた。
アレンが斬ったのは、ゴリアルの肉体でも、大剣という物質でもない。ゴリアルの身体と武器を巡っていた「魔術の構成そのもの」を物理的に切断したのだ。そう、俺の固有能力はあらゆるモノを切り裂く能力。そこに石化など生じない、世界の理から反した絶対的な能力。
魔力を強制的に遮断されたゴリアルの身体から、急激に力が抜けていく。
同時に、限界を超えて魔術を使った反動が彼を襲った。右腕だけでなく、首筋のあたりまでパキパキと灰色の石化が広がっていく。
「がはっ……くそ、が……貴様….固有能力持ちとはッ…..殺せ……FISの男は……命乞いなんてしねえ……!」
息を荒くしながら、ゴリアルは鋭い眼光でアレンを睨みつける。不器用だが、仲間を想い、己の誇りを懸けて戦った男の意地がそこにはあった。
アレンはそんなゴリアルを見下ろし、小さくため息をつくと、ボロ剣を再び腰の布へと収めた。
「殺さなねぇよ。おにぎりの恨みは、さっきの剣の破壊で帳消しだ」
「な……んだと……?」
(それにほっとけば出血多量か石化で死ぬだろう。)
「それより、早くその石化の進行を止めた方がいい。これ以上進んだら、お前、本当にただの置物になるぞ」
アレンは背を向け、燃え残った自分の段ボールの寝床を心配そうに漁り始めた。
ゴリアルは呆然と、その背中を見つめるしかなかった。
ランクA+の自分が、傷一つ付けられずに完敗した。その少年は、このダイム街のパワーバランスなど一瞬でひっくり返せる、本物のバケモノだった。彼の目からは死の恐怖によって発生した小粒の水が滴り落ちる。
(情けねェ….仲間の仇一つ取れねぇなんて…..このまま、死ぬのか)
その時。
静まり返った路地裏の向こうから、カツン、カツンと、泥水に響く不釣り合いなほど「上品な足音」が近づいてきた。
「——あら。 FISの暴れ屋さんが、ずいぶんと無様に転がっているのね」
白い蒸気の向こうから現れたのは、黒い雨の中でも一切汚れていない、白磁のように美しいドレスをまとった少女だった。その胸元には、ダイム街を表上統べる貴族「ヴァーミリオン家」の美しい家紋が、魔導の光を受けて怪しく輝いている。
アレンは面倒くさそうに首を回し、新手の来訪者へ視線を向けたのだった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!記念すべき最初の犠牲者(?)は、おにぎりを踏んづけてしまったFISのゴリアル中尉でした。アレンにとっては世界の危機よりも、今日の飯と段ボールの寝床の方がよっぽど一大事のようです。そして最後に現れた、泥水にドレスを濡らす謎の少女。ヴァーミリオン家の令嬢らしき彼女の目的とは……?アレンの「魔術そのものを斬る」能力や、100年前の勇者の謎など、これからどんどん世界観が広がっていきます!もし「おにぎりの恨み恐るべし!」「アレンの強者感がカッコいい」「続きが気になる!」と思ってくださったら、ぜひブックマークやいいねをポチッとよろしくお願いいたします! 執筆の猛烈なモチベーションになります!次回、ヴァーミリオン家の少女との対峙。お楽しみに!




