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第七十二話:火の残り香


 翌朝。


 学院に、珍しい客が来ていた。


 正門前に停まる、紋章入りの馬車。

 控える護衛。

 そして、学院長室へと急ぐ教師たち。


(……来ましたね)


 リディアは、窓越しにそれを見て、小さく息を吐いた。


「貴族だな、あれ」

 ルカが隣で呟く。

「しかも複数」


「ええ。昨夜の“説明”でしょう」


 説明。


 そう。

 あれだけの騒ぎがあって、

 何事もありませんでした、で済むはずがない。


 火災。

 騎士の出動。

 王太子の介入。


 貴族たちが黙っているはずがなかった。



 学院長室。


「自然発火、ですと?」


 露骨な不信の声。


「夜間に騎士団が出動した理由は?」

「なぜ王太子殿下が現場に?」


「何か“隠している”のでは?」


 矢継ぎ早の追及。


 学院長の額に汗が滲む。


 その時。


「ご説明いたします」


 静かな声が、場を切った。


 全員の視線が向く。


 リディアだった。


「アルヴェーヌ家令嬢として、補足を」


 空気が変わる。


 家名。

 立場。

 発言権。


 それだけで、場の温度が一段下がる。


「今回の件は、夜間巡回中の火災騒ぎです」

「延焼はなし。負傷者なし」

「騎士団は“念のため”の出動」


 淡々と、事実だけを並べる。


 余計な言葉は挟まない。


「そして、殿下のご介入は」


 一拍。


「王都内の安全確認の一環です」


 嘘は言っていない。


 だが、核心には触れていない。


 完璧な言い回し。


 貴族の一人が眉をひそめる。


「それだけで王太子が?」


「王太子だからこそ、です」


 即答。


「“何もなかった”と確認することが、最も重要ですので」


 反論できない。


 論理が通りすぎている。


 沈黙が落ちる。


 そして。


「……なるほど」


 不承不承、頷く声。


 矛を収めざるを得ない。



 廊下に出た瞬間。


「はぁ……」


 リディアは、小さく息を吐いた。


「胃が痛ぇ顔してんな」

 ルカが笑う。


「政治ってやつです」


「戦場より厄介だな」

「同感です」


 そこへ。


「……助かった」


 低い声。


 アランだった。


「俺が出れば、余計に勘繰られる」

「だから、君が最適だった」


 リディアは、首を横に振る。


「役割分担です」


「俺は、表に立つ」

「君は、場を収める」

「ルカは……」


「空気壊す係」


 即答。


「否定できないのが腹立つな」


 三人同時に、ふっと笑った。


 火は消えた。


 だが。


 その残り香は、

 確実に王都の奥へ、

 政治の奥へと、

 静かに広がっている。


 戦いは終わっていない。


 形を変えただけだ。


 ――にど目の政治は、今日も甘くない。

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