第七十話:空気を壊す男
中庭に、微妙な沈黙が落ちていた。
セラフが去ったあと。
残されたのは、
ベンチに座るリディアと、
その隣に立つアラン。
言葉が、出てこない。
事件の後。
学院の日常。
そして、先ほどのセラフの言葉。
どれもが胸に残って、
うまく呼吸ができない。
「……その」
アランが、珍しく言い淀む。
「昨夜の件だが――」
「おーい」
間延びした声が、
空気を真っ二つに割った。
二人同時に振り向く。
ルカが、
片手をひらひら振りながら歩いてきていた。
「何してんの、こんなとこで固まって」
一瞬で、
張り詰めていた空気が死んだ。
(……助かった)
リディアは内心で思う。
アランは露骨に眉をひそめた。
「お前はもう少し、場の空気というものを」
「読んだ結果、来たんだけど?」
即答。
ベンチの背もたれにどさっと腕を置き、
ルカは二人を交互に見る。
「で?」
「で、とは何だ」
「いや、なんか重たい顔してるからさ」
さらりと言う。
「生きてんだから、もういいだろ」
その言葉に、
二人とも、わずかに息を詰めた。
軽い。
あまりにも軽い。
けれど――
(……ああ)
リディアは気づく。
これは、軽視ではない。
きっと、
誰よりも重さを知っている人間の、
無理やりの軽さだ。
「ルカは」
リディアが、小さく笑う。
「相変わらずですね」
「そりゃどーも」
にやっと笑う。
「湿っぽいのは性に合わねぇ」
そして、
アランの肩を軽く小突いた。
「殿下も、そんな顔すんなって」
「……していない」
「してるしてる。今めっちゃ“責任背負ってます顔”」
図星。
アランが黙る。
ルカは、空を見上げた。
「学院まで重苦しくしてどーすんの」
「ここは、学生の場所だろ」
それは、
昨夜、
自分が一番分かっていたこと。
なのに、
誰よりも忘れていたこと。
「……そうだな」
アランは、観念したように息を吐く。
「今日は、授業に集中する」
「それでよし」
ルカは満足げに頷き、
購買袋を差し出した。
「ほら。甘いもん買ってきた」
「え?」
「リディア用」
「なぜ私限定なのですか」
「顔に“糖分不足”って書いてある」
「書いていません」
即否定。
だが、素直に受け取る。
その様子を見て、
アランが小さく笑った。
やっと、いつもの空気が戻る。
戦場ではない。
政務室でもない。
ここは、学院。
三人が並んでいられる、
ただの、日常の場所だった。




