第六十九話:理解者の距離
昼休みの中庭は、穏やかな空気に包まれていた。
事件の余波は、確かに残っている。
だが、それを正面から語る者はいない。
王立学院とは、そういう場所だ。
リディアは、ベンチに腰を下ろし、
ノートを膝に置いていた。
(……集中しないと)
文字を追っているはずなのに、
視線は、どこか定まらない。
「――邪魔ではないかな」
落ち着いた声が、上から降ってきた。
顔を上げると、
そこにいたのは、セラフだった。
「セラフ……」
「久しぶりだね。顔色を見る限り、無事そうで安心した」
無遠慮に踏み込まない距離。
それでいて、突き放しもしない。
彼らしい立ち方だった。
「何か、飲む?」
セラフは、手にしていた紙包みを示す。
「購買で見つけた。甘いものらしい」
リディアの視線が、わずかに揺れる。
「……ありがとうございます」
二人並んで座ると、
周囲の空気が、少しだけ緩んだ。
「昨夜のことは」
セラフは、声を落とす。
「詳しくは聞かない。ただ……」
一拍。
「君が無事でいることが、何よりだ」
リディアは、胸の奥が静かに温むのを感じた。
「お気遣い、感謝します」
そこへ。
「……やっぱり、ここか」
聞き慣れた声が、割って入る。
アランだった。
視線が、一瞬だけ交差する。
セラフは、ゆっくりと立ち上がった。
「殿下」
礼は、簡潔。
「学院では、学生としてお会いするのが適切かな」
「……そうだな」
アランの返事は、短い。
リディアは、二人の間に流れる空気を感じ取る。
張り詰めてはいない。
だが、軽くもない。
「理解者、という立場は」
セラフが、静かに言った。
「時に、距離を取る勇気が必要だ」
それが、
誰に向けた言葉かは、
明確だった。
アランは、少しだけ視線を逸らす。
「……助言として、受け取っておく」
セラフは微笑し、
リディアに向き直った。
「では、また」
去り際は、あくまで穏やか。
残された二人の間に、
短い沈黙が落ちる。
「……セラフは」
アランが、ぽつりと言う。
「分かっている人間だ」
「ええ」
リディアは、頷いた。
理解者は、奪わない。
踏み込まず、
しかし、見捨てない。
その距離が、
今は、ひどく眩しく思えた。
学院の空は、今日も静かに澄んでいる。




