第八話:眠れる蛇
学院の鐘が鳴り、校舎の影が長く伸びていた。
卒業を目前に控えた午後、リディアは実地訓練の報告書を整理していた。
帳簿と記録書が机に積まれ、静かな紙の音だけが響く。
「ねぇ、リディア嬢。」
背後から、ルネの落ち着いた声。
彼は机の上の一枚を指先で叩いた。
「辺境補給計画の数字、奇妙だと思いません? 物資がどこかに消えています。」
リディアは眉をひそめ、帳簿を繰った。
――確かに、輸送記録と支出明細が噛み合っていない。
「報告の遅れ、というには……不自然ね。」
「ですよね。」
ルネが小声で笑う。「僕の予感ですが、誰かが“蛇”を起こそうとしている。」
リディアはその言葉を胸の奥に沈め、静かに頷いた。
* * *
夕刻、学院の裏門。
冷たい風に外套を揺らしながら、セラフが待っていた。
「あなた、面倒な書類を覗いたらしいですね。」
「ええ。気になるだけよ。」
「気になる、で済むなら良いですが――見ない方がいいこともあります。」
その言い方は穏やかで、それでいて重かった。
リディアは目を細める。
「見ないふりをしてきた結果が、前の時代の崩壊だった。
……私は同じ過ちは繰り返さない。」
セラフは静かに笑った。「――あなた、本当に怖い人ですね。」
* * *
夜。学院の資料室。
月光だけを頼りに、リディアは封印された帳簿を開く。
軍備費、補給物資、寄付金――どれも不自然な増減を繰り返している。
そして、最後の一枚。
署名に刻まれた名前を見て、彼女の息が止まった。
『第一王子 アラン・アスティリア』
「……王太子殿下が、こんなものを?」
震える指で筆跡をなぞる。
しかし、その文字には微妙な違和感があった。
――筆圧も、線の癖も、どこか不自然。
「……違う。殿下の手じゃない。」
誰かが、彼の名を使っている。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
* * *
翌朝、薄明の空の下。
リディアは一台の馬車に乗り込む。
向かう先は、王都アスティリア城。
「この蛇は、誰の足元に潜んでいるのか……。
確かめるまでは、眠るわけにはいかない。」
馬車が動き出す。
彼女の瞳に、夜明けの光が映った。
* * *
To be continued.
【あとがき】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
第八話は、リディアが初めて“王国の闇”を垣間見る回でした。
タイトルの《眠れる蛇》は、王政の中に潜む不正や陰謀を意味していますが、
同時に――リディア自身の中で目覚めつつある“覚悟”の象徴でもあります。
今回、アランの名前が登場しましたが、もちろん彼本人の陰謀ではありません。
その真相は、次回の夜会で少しずつ見えてくる予定です。
次話《夜会に咲く理想と恋》では、ついにアランとリディアが近づく瞬間を描きます。
政治と恋が交わる静かな夜会……どうぞお楽しみに!
ブクマや感想をくださると、リディアの政治力が1上がります✨




