第六十四話:それでも前に出る者
考える暇は、なかった。
火は、確かに迫っている。
逃げ道は、塞がれている。
金色の瞳は、もう隠す気もない。
『誰が、責任を取る?』
その問いが落ちた瞬間、
ルカは、はっきりと理解した。
(……ああ)
これは、過去と同じだ。
選択肢を奪われ、
時間を奪われ、
誰かが前に出るしかなくなる状況。
あの夜も、
そうだった。
守ると言いながら、
守れなかった。
選ぶと言いながら、
選ばなかった。
(……今度は)
ルカは、静かに息を吐く。
そして、一歩、前に出た。
「ルカ!」
アランの声が飛ぶ。
命令に変わる直前の、素の声。
「止まれ、ルカ!!」
だが、ルカは振り返らなかった。
「……悪いな」
低く、短く言う。
「今回は、譲れねぇ」
火の熱が、肌を刺す。
だが、足は止まらない。
『へえ』
金眼が、楽しそうに声を弾ませる。
『覚えている者が、来た』
リディアの胸が、大きく波打つ。
「ルカ……待って……!」
その声が、
胸の奥に、深く刺さる。
(……ああ)
知ってる。
その声を、知ってる。
守れなかった声。
置いてきた声。
呼び返されるたびに、
胸を裂いた声。
ルカは、拳を握りしめた。
「今回は……違う」
誰に向けた言葉か、
もう分からない。
「奪わない」
「選ばせない」
「……ただ、守る」
火の向こうで、
子どもが、目を見開いている。
「大丈夫だ」
はっきりと、言った。
「俺は、ここにいる」
その瞬間。
金色の瞳が、
初めて、わずかに揺れた。
『……ほう』
『それは』
『選択じゃないね』
ルカは、前を向いたまま答える。
「違う」
「これは――」
一拍。
「反射だ」
火が、さらに強く揺らぐ。
だが、ルカは退かない。
夜は、まだ終わらない。
過去も、消えない。
それでも。
この場所に立つ者は、
もう決まっていた。




