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第六十二話:夜明け前の沈黙
火は、まだ消えていなかった。
燃え広がるほどではない。
だが、確実にそこに在り続けている。
誰も、動かなかった。
ルカは、子どもの前に立ったまま、
一歩も退かずにいた。
腕は下ろしている。
だが、いつでも覆える距離。
アランは、その背中を見ている。
命令は、喉まで来ていた。
けれど――
今は、出せなかった。
(……これは)
命令で止めていい場面なのか。
それとも。
リディアは、二人を見ていた。
ルカの、迷いのない立ち方。
アランの、動かない判断。
そして、火の向こう側。
(……選ばせている)
金眼は、まだ姿を見せない。
だが、確実に“見ている”。
沈黙が、長く伸びた。
その時。
「……ねえ」
小さな声が、落ちた。
子どもだった。
全員の視線が、そちらに向く。
「大人は」
一拍。
「選ばないと、だめなの?」
誰も、すぐには答えられなかった。
リディアの胸が、きゅっと締まる。
ルカは、唇を噛む。
アランは、拳を握った。
正解は、ある。
政治的な答えも。
王としての答えも。
だが、
そのどれもが、
今、この子に向ける言葉ではなかった。
火が、ぱちりと音を立てる。
夜は、まだ深い。
夜明けまでは、遠い。
そして――
この沈黙こそが、
金色の瞳の望んだ時間だと、
誰もが、気づき始めていた。




