第六十話:思い出してはいけない名前
火は、まだ燃えている。
大きくはない。
だが、確実にそこに在る。
見せるための火。
選ばせるための火。
ルカは、子どもから視線を離せずにいた。
(……違う)
頭では、何度も否定している。
今世だ。
王都だ。
目の前の子どもは、前世とは何の関係もない。
――分かっている。
それでも。
『ねえ』
子どもが、こちらを見た。
『大人は、いつも』
『守るって言うよね』
胸の奥で、
何かが、ひっくり返る。
(……やめろ)
声の調子。
言葉の選び方。
間の取り方。
知っている。
知ってしまっている。
『でも』
『選ばれなかったら』
『どうなるの?』
その瞬間。
視界が、揺れた。
夜。
火。
静まり返った街。
――違う夜。
――違う街。
泣いていない子ども。
逃げていない人々。
それでも、取り返しのつかなかった結果。
(……あ)
息が、詰まる。
秤。
選択。
大人の判断。
あの時も、
火は、
見せるために使われた。
守るためだと。
必要な犠牲だと。
そう言われた。
そして――
選ばれなかった。
(……やめろ)
名前が、
喉の奥までせり上がってくる。
呼べば、
繋がってしまう。
思い出せば、
戻れなくなる。
だが、金色の瞳は、
その迷いすら楽しむように、
こちらを見ていた。
『ほら』
『もう、分かってる』
ルカは、拳を強く握りしめた。
「……違う」
低く、絞り出す。
「俺は、今を見ている」
「過去じゃない」
子どもが、首を傾げる。
『ほんとに?』
その一言で、
最後の線が、切れた。
名前が、
頭の中で、
確かな形を取る。
(……ああ)
思い出してはいけない。
そう、何度も決めた。
それでも――
(同じ問いだ)
あの夜と。
あの選択と。
あの、取り返しのつかなかった判断と。
同じだ。
ルカは、一歩、前に出た。
「……下がれ」
誰に向けた言葉か、
自分でも分からない。
子どもか。
金眼か。
それとも――
過去の自分か。
火は、まだ消えない。
だが、
この瞬間。
ルカの中で、
確かに何かが、
目を覚ましてしまった。
夜は、もう、
後戻りを許さない場所に来ていた。




