第五十九話:破られた猶予
夜明けには、まだ時間があった。
――はずだった。
王都の空気が、ひどく冷える。
風向きが変わったわけでもない。
ただ、静けさの質が、変わった。
(……来た)
ルカは、反射的に視線を走らせた。
子ども。
まだ、動いていない。
それでも――
何かが、確実に近づいている。
その瞬間。
火の匂いが、した。
「――散開!」
アランの声が飛ぶ。
騎士たちが即座に動く。
完璧な対応。
だが――
「違う!」
リディアが叫んだ。
「火元じゃない……合図です!」
遅れて、赤い光が走る。
屋根の向こう。
遠く、しかし確実に見える位置。
金色の瞳が、夜を裂いた。
『夜明けまで、だったよね』
声は、軽い。
悪意すら、感じさせない。
『でも――』
『大人は、約束を守るって』
『誰が決めたの?』
火が、上がった。
大きくはない。
燃え広がるほどでもない。
だが。
見せるための火。
子どもの肩が、わずかに震えた。
『……ほら』
『選択の時間が、早まっただけ』
アランの歯が、きしむ。
「……約束が違う」
『約束?』
金眼は、心底不思議そうに首を傾げる。
『君たちは、信じたんだ』
『それだけだよ』
リディアが、子どもの前に立った。
「下がって」
声は、低く。
「私が――」
「待て」
ルカの声だった。
自分でも驚くほど、
はっきりとした声。
(……これ以上、前に出させるな)
胸の奥が、軋む。
頭の奥で、何かが、
繋がりかけている。
火。
夜。
子ども。
選択。
(……っ)
金色の瞳が、こちらを見る。
今度は、はっきりと。
『……思い出しそうだね』
その一言で、
世界が、わずかに歪んだ。
ルカは、拳を握りしめる。
(まだだ)
(今じゃない)
だが、火は消えない。
猶予は、破られた。
そして夜は、
もう――
逃げ場を与えない場所に来ていた。




