閑話XV:尊厳は甘味に敗北する
王立学院・中庭。
平和だった。
少なくとも、五分前までは。
「……リディア」
アランが、低い声で呼ぶ。
「その……それは、何だ」
リディアの前。
机の上には――
ココア。
焼き菓子。
砂糖壺。
そして、なぜか追い砂糖。
「本日の“おやつ”ですわ」
「“本日”で済む量じゃないだろ」
ルカが即座に突っ込む。
「安心してください」
リディアはにこやかに言った。
「今日は、三杯目からは控えますので」
「一杯目から控えろ」
セラフは、いつも通り紅茶を口にする。
優雅。
通常運転。
だが――
「……興味深い」
「何がだ」
「砂糖の量が、政治判断を上回っている」
アランが、ぴくりと反応した。
「……それは、どういう意味だ」
「理性より甘味を優先する決断」
「やめろ」
リディアは首を傾げる。
「殿下も、甘いものはお好きでは?」
「……嫌いではない」
「では」
ずい。
ココアが差し出される。
「……待て」
「砂糖は控えめです」
「基準がおかしい」
アランは、周囲の視線を感じた。
生徒たちが、固唾を呑んで見守っている。
(……王子として、ここで断るのは)
(……いや、だが)
(……しかし)
――一口。
「…………」
沈黙。
ルカが言った。
「落ちたな」
「落ちてない」
「顔が全部語ってる」
「語ってない」
セラフが、静かに補足する。
「尊厳が、溶けている」
「やめろ!!!」
リディアは満足そうに頷いた。
「やはり、甘味は人を救いますわね」
「救われてない人間が一人いるぞ」
「二人だな」
「セラフまで加勢するな!!」
その瞬間。
「殿下、口元に……」
リディアが指差す。
「……何?」
「ココアの跡が」
――沈黙、二秒。
次の瞬間。
中庭が、ざわついた。
「え、今の見た?」
「殿下、甘いの飲んだ?」
「しかも普通に美味しそうな顔してた」
アランは、天を仰いだ。
(……本編では、俺は耐えている)
(……ギャグ編では、何故こうなる)
ルカは肩を叩いた。
「安心しろ」
「何がだ」
「尊厳は虚数だから、減っても問題ない」
「問題しかない!!!」
セラフは、静かに紅茶を置く。
「平和だ」
「どこがだ」
リディアは、にこにことココアを飲み干した。
こうして今日も、
学院の平和と、
王子の尊厳(虚数)は、
甘味の前に等しく敗北したのだった。
本編があまりにも張り詰めてきたので、
一度、学院に平和を取り戻しました。
なお、
・アランの尊厳はギャグ編では虚数です
・減っても計算に支障はありません
・リディアは無自覚に人を落とします
・甘味はだいたい正義です
次回からは、
また容赦なく本編に戻りますので、
心の準備と甘いものをご用意ください。
それでは――
王子の尊厳(虚数)に、黙祷。




