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第五十八話:夜に現れたもの



 それは、音もなく現れた。


 火はない。

 悲鳴もない。

 破壊の気配すらない。


 ただ――

 王都の路地の奥に、

 “在ってはいけないもの”が、立っていた。


「……子ども?」


 最初に声を漏らしたのは、前線の騎士だった。


 灯りが届かない場所。

 瓦礫も、炎もない。

 それでも、確かに――

 小さな影が、そこにいる。


 年は、七つか、八つか。

 汚れていない服。

 逃げ回った形跡もない。


 まるで、

 最初からそこに立っていたかのように。


「動くな!」


 アランの声が、即座に飛ぶ。

 騎士たちが、反射的に距離を取る。


 正しい。

 完璧な対応だ。


 ――それでも。


 リディアは、一歩、前に出ていた。


「……大丈夫よ」


 声は、低く。

 子どもを脅かさない距離で。


「怖かったでしょう」


 子どもは、首を傾げた。


『……どうして?』


 問いは、素直だった。

 泣いてもいない。

 怯えてもいない。


 ただ、

 不思議そうに見ている。


『大人は、いつも』

『守るって言うのに』

『選ぶのは、自分たちだよね』


 空気が、凍る。


 アランの背筋が、強張る。

 ルカの視線が、子どもから離れない。


(……誘導されている)


 リディアは、理解した。

 この子は、被害者であり――

 同時に、問いそのものだ。


「……あなたは」


 名を聞こうとして、止める。


 名前を呼べば、

 “連れて行く”理由になる。


 子どもは、にこりともしなかった。

 ただ、静かに言う。


『夜明けまで、だよ』


 その瞬間。


 屋根の上で、

 金色の瞳が、楽しげに細まった。


(いい)

(ちゃんと、見えた)


 約束は、まだ破られていない。

 だが――

 猶予は、確実に削られた。


 夜は、深まる。


 そして、

 王都は今、

 逃げ場のない問いの中に、

 完全に取り込まれていた。

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