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第五十五話:踏み越えない王子

夜明けまでは、まだ遠い。


 アランは、王都の地図を睨んでいた。

 灯りの位置。

 巡回の線。

 人の動き。


 すべて、頭に入っている。


(……それでも足りない)


 金眼の声が、まだ耳の奥に残っている。


『未来を選ばせているだけだ』


 吐き気がするほど、理屈は正しかった。

 守るために、動く。

 犠牲を最小限に抑える。

 王子として、正しい判断。


(……だが)


 アランは、強く歯を噛みしめる。


 その「正しさ」の先に、

 泣く子どもがいることを、

 金眼は、分かって言っている。


(卑怯だ)


 拳を握る。

 感情を殺す。

 それが出来なければ、

 王子は務まらない。


 ――それでも。


「殿下」


 ルカの声が、低く響いた。

 振り向くと、彼は動かずに立っている。


「……今、動くべきじゃない」

「分かっている」


 即答だった。

 分かっているからこそ、苦しい。


「だが、動かない理由を、決めておく必要がある」


 アランは、視線を上げる。

 夜の向こう。

 まだ見えない、子どもの影。


「俺は、奪わない」


 静かな声だった。

 命令でも、宣言でもない。


「“選ばせる”という罠に、乗らない」

「……殿下」


「守るために、踏み越えない。

 それを選ぶ」


 その言葉に、

 ルカの目が、わずかに細まる。


 アランは、息を吐いた。


(……これでいい)


 間違っているかもしれない。

 それでも――

 泣かせないために、選ぶ。


 夜は、まだ終わらない。


 だが、

 王子は、最初の一手を決めた。

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