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第五十三話:その火は、未来を選ばせる

夜だった。


 作戦会議を終えた直後の王都は、

 不自然なほど静かだった。


 警戒令は敷かれている。

 巡回も、配置も、完璧に近い。


 それでも――

 ルカの胸騒ぎは消えなかった。


(……静かすぎる)



 最初に異変に気づいたのは、現場の端だった。


「……あれ?」


 巡回騎士の一人が、足を止める。


 灯りの少ない路地。

 人の気配は、ない。


 だが。


「……子どもの声?」


 かすかだった。

 泣き声とも、呼ぶ声ともつかない。



 その報告を受けた瞬間、

 ルカの背筋が、凍る。


(来た)


 即座に、作戦を思い出す。


(囮は、殿下)

(裏は、俺)

(現場判断は――)


 だが、その全てより早く。


「……金眼だ」


 呟いた声は、掠れていた。



 一方、屋根の上。


 金色の瞳が、

 王都の静けさを楽しむように細められる。


(よく整えた)


 巡回。

 抑止。

 象徴。


(だが――)


 唇が、歪む。


(それは“大人の論理”だ)



 次の瞬間。


 声が、響いた。


 誰の耳にも届くようで、

 誰の口からも出ていない声。


『……まだ、いるよ』


 王都の一角。

 火の気は、ない。


 だが、確かに――

 子どもの存在を示す声。



 リディアは、はっと顔を上げた。


「……今の……」


 アランが、即座に指示を飛ばす。


「全隊、位置確認!

 不用意に近づくな!!」


 だが。


 ルカだけは、動けなかった。


(……この言い方)


 声が、耳ではなく、

 胸の奥に触れてくる。


『怖いね』

『暗いね』

『大人は、すぐ嘘をつく』


 金色の瞳が、

 どこかで確実にこちらを見ている。



「……最悪だな」


 ルカが、低く呟く。


 リディアが、即座に見る。


「ルカ?」


「……“火”じゃない」


 言い切る。


「今回は、選択そのものだ」



 金眼は、愉快そうに続ける。


『守りたいなら』

『連れて行けばいい』


『でも――』


 一瞬、間があった。


『その子は、戻れないかもしれない』



 アランの拳が、強く握られる。


「……卑怯だ」


『そうかな?』


 金眼は、軽く首を傾げる。


『未来を選ばせているだけだ』


『王子』

『宰相の器』

『そして――』


 その視線が、

 確かに、ルカに向いた。


『覚えている者』



 ルカの呼吸が、一瞬止まる。


(……言うな)


 喉の奥で、何かが引っかかる。


 だが、金眼は――

 まだ、名前を呼ばない。


『子どもはね』


 静かに、残酷に言った。


『選択の結果で、生きる』


『大人が、何を優先したかで』



 沈黙。


 リディアが、前に出ようとする。


「……殿下」


「分かっている」


 アランは、低く答えた。


「だが――」


 視線は、動かない。


「これは、俺たち三人で受ける問いだ」



 金色の瞳が、満足そうに細まる。


(いい)


(ようやく、揃った)


『考える時間は、あげよう』


『夜明けまで』


 風が、吹いた。


 声は消える。



 残されたのは、

 静まり返った王都と、

 胸に残る、最悪の予感だけ。


 ルカは、拳を強く握りしめた。


(……来る)


 まだ、名前は思い出さない。


 だが――


(この問いは、知っている)


 夜は、終わらない。


 それは、

 **未来を賭ける選択の前触れ**だった。

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