第五十三話:その火は、未来を選ばせる
夜だった。
作戦会議を終えた直後の王都は、
不自然なほど静かだった。
警戒令は敷かれている。
巡回も、配置も、完璧に近い。
それでも――
ルカの胸騒ぎは消えなかった。
(……静かすぎる)
◆
最初に異変に気づいたのは、現場の端だった。
「……あれ?」
巡回騎士の一人が、足を止める。
灯りの少ない路地。
人の気配は、ない。
だが。
「……子どもの声?」
かすかだった。
泣き声とも、呼ぶ声ともつかない。
◆
その報告を受けた瞬間、
ルカの背筋が、凍る。
(来た)
即座に、作戦を思い出す。
(囮は、殿下)
(裏は、俺)
(現場判断は――)
だが、その全てより早く。
「……金眼だ」
呟いた声は、掠れていた。
◆
一方、屋根の上。
金色の瞳が、
王都の静けさを楽しむように細められる。
(よく整えた)
巡回。
抑止。
象徴。
(だが――)
唇が、歪む。
(それは“大人の論理”だ)
◆
次の瞬間。
声が、響いた。
誰の耳にも届くようで、
誰の口からも出ていない声。
『……まだ、いるよ』
王都の一角。
火の気は、ない。
だが、確かに――
子どもの存在を示す声。
◆
リディアは、はっと顔を上げた。
「……今の……」
アランが、即座に指示を飛ばす。
「全隊、位置確認!
不用意に近づくな!!」
だが。
ルカだけは、動けなかった。
(……この言い方)
声が、耳ではなく、
胸の奥に触れてくる。
『怖いね』
『暗いね』
『大人は、すぐ嘘をつく』
金色の瞳が、
どこかで確実にこちらを見ている。
◆
「……最悪だな」
ルカが、低く呟く。
リディアが、即座に見る。
「ルカ?」
「……“火”じゃない」
言い切る。
「今回は、選択そのものだ」
◆
金眼は、愉快そうに続ける。
『守りたいなら』
『連れて行けばいい』
『でも――』
一瞬、間があった。
『その子は、戻れないかもしれない』
◆
アランの拳が、強く握られる。
「……卑怯だ」
『そうかな?』
金眼は、軽く首を傾げる。
『未来を選ばせているだけだ』
『王子』
『宰相の器』
『そして――』
その視線が、
確かに、ルカに向いた。
『覚えている者』
◆
ルカの呼吸が、一瞬止まる。
(……言うな)
喉の奥で、何かが引っかかる。
だが、金眼は――
まだ、名前を呼ばない。
『子どもはね』
静かに、残酷に言った。
『選択の結果で、生きる』
『大人が、何を優先したかで』
◆
沈黙。
リディアが、前に出ようとする。
「……殿下」
「分かっている」
アランは、低く答えた。
「だが――」
視線は、動かない。
「これは、俺たち三人で受ける問いだ」
◆
金色の瞳が、満足そうに細まる。
(いい)
(ようやく、揃った)
『考える時間は、あげよう』
『夜明けまで』
風が、吹いた。
声は消える。
◆
残されたのは、
静まり返った王都と、
胸に残る、最悪の予感だけ。
ルカは、拳を強く握りしめた。
(……来る)
まだ、名前は思い出さない。
だが――
(この問いは、知っている)
夜は、終わらない。
それは、
**未来を賭ける選択の前触れ**だった。




