閑話ⅩⅡ:桜餅が恋を呼ぶ日
昼下がりの学院中庭。春の風に乗って、ほんのり甘い香りが漂っていた。
リディアは、購買で手に入れたばかりの「春季限定・桜の塩漬け入りつぶあんパン」を手に、ベンチに腰を下ろした。指先で割ると、あんこの甘い香りがふわりと広がる。
(……なにこれ。美味しそう……)
その様子を、少し離れた石畳の上でセラフがじっと見ていた。白金の髪が光を受けて揺れる。
(……あれは“練り切り”では……? いや、違う……だが甘味の気配……)
視線が合った。
リディアが小さく首を傾げる。
「セラフ、あの……欲しいのですか?」
その瞬間。
近くにいたアランの肩がビクッと震えた。
(い、今……“欲しいのですか?”って、セラフに……!?
ちょ、ちょっと待て、これは……これは誤解……いや誤解に見えるだろ!!!)
だが、セラフは静かにまばたきしただけだった。
「……欲しいかと言われれば、美は共有されるべきだと思うだけだ」
リディアは満足げに頷き、桜入りのつぶあんが詰まったパンをそっとちぎって差し出す。
「では、おひとつどうぞ。とても美味しいですわ」
セラフは一瞬だけ目を細めた。
「……君の薦めなら、いただこう」
(────ッ!!!??)
(薦めなら、って……なんだその特別扱いは……!?
俺の胸が痛い……胸が……ぎゅ……!!)
アランは遠くから、桜餅を落としたみたいな顔で固まっていた。
◆
一方その頃。
少し離れた場所で、ルカが腕を組んで二人のやり取りを見ていた。
(……はい来たこれ。アラン誤解してる。顔こわい。君らいい加減距離感どうにかしような)
リディアがセラフと談笑して戻ってくる。
「ルカ、桜餅はお好きですか? あ、でも粒あんが苦手なら――」
「……別に嫌いじゃねぇよ。で?」
「少し買いすぎてしまいましたの。良ければ半分……」
と、差し出された桜餅に、ルカの眉がわずかに跳ねた。
(……この子、相変わらず無意識に破壊力やべぇな……)
そして心の中で叫ぶ。
(気づいてねぇ……! この鈍感政治バカめ……!!)
ふと横を見ると、桜餅を握りしめてフリーズしているアランがいた。
(え?なんでアランがショック受けてんの?)
リディアは首を傾げる。
「殿下? どうなさいました?」
「い、いや……何でも……その、桜餅が……少し」
アランは桜餅に嫉妬していた。
本気で。
(桜餅に……嫉妬……?
え、殿下……??)
ルカは完全に理解した。
(……これ、放っとくと面倒になるやつだな)
だから、わざと言ってみた。
「リディア、その……さっきの続きだけどよ。
“前みたいに”呼んでくれてもいいぜ?」
リディアはぱちりと瞬きし、前世口調になってしまう。
「お前は相変わらずだな、エリザベートよ」
周囲の生徒たち:
「え……?????」
「男が女口調? 女の子が男口調????」
「二人って……どういう関係……??」
アランのこめかみに青筋が浮いた。
(───待ってくれ。今の“お前は相変わらずだな”って……親密すぎないか……??)
ルカは内心でニヤリと笑った。
(ほら見ろ、殿下。試されてんぞ?)
だが、リディアは何も気づいていない。
春の風が吹いた。
桜の花びらが舞う中、アランの胸だけがざわざわ乱れていた。
(……どうしてこんなに、胸が苦しい……?
桜餅のせいか……? いや違うだろ俺……)
そうして今日も、誰も傷つかないのに誰かが死ぬほど振り回される――
そんな平和な学院の日常が過ぎていった。
お読みいただきありがとうございました!
今回の閑話は、作者の糖分不足と春の甘味の誘惑により
「どれだけ桜餅で修羅場を作れるか」という
謎すぎるテーマでお送りしました。
セラフ:美は共有される
アラン:桜餅に嫉妬
ルカ:鈍感政治バカ呼ばわり
リディア:何も気づいてない
──という構図が、個人的にとても気に入っています。
本編ではシリアスな政治にも触れていきますが、
時々こうしてキャラの理性が吹き飛ぶ回も
織り交ぜていく予定です。
次はアランとルカの温度差バトルが
さらに悪化するかもしれませんし(確定)、
何ならセラフの“理念の恋”も静かに進行しています。
甘味は平和の象徴。
そして恋の引き金。
引き続き、ゆるく楽しんでいただけたら嬉しいです。




