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閑話ⅩⅡ:桜餅が恋を呼ぶ日

昼下がりの学院中庭。春の風に乗って、ほんのり甘い香りが漂っていた。


 リディアは、購買で手に入れたばかりの「春季限定・桜の塩漬け入りつぶあんパン」を手に、ベンチに腰を下ろした。指先で割ると、あんこの甘い香りがふわりと広がる。


(……なにこれ。美味しそう……)


 その様子を、少し離れた石畳の上でセラフがじっと見ていた。白金の髪が光を受けて揺れる。


(……あれは“練り切り”では……? いや、違う……だが甘味の気配……)


 視線が合った。


 リディアが小さく首を傾げる。


「セラフ、あの……欲しいのですか?」


 その瞬間。


 近くにいたアランの肩がビクッと震えた。


(い、今……“欲しいのですか?”って、セラフに……!?

 ちょ、ちょっと待て、これは……これは誤解……いや誤解に見えるだろ!!!)


 だが、セラフは静かにまばたきしただけだった。


「……欲しいかと言われれば、美は共有されるべきだと思うだけだ」


 リディアは満足げに頷き、桜入りのつぶあんが詰まったパンをそっとちぎって差し出す。


「では、おひとつどうぞ。とても美味しいですわ」


 セラフは一瞬だけ目を細めた。


「……君の薦めなら、いただこう」


(────ッ!!!??)

(薦めなら、って……なんだその特別扱いは……!?

 俺の胸が痛い……胸が……ぎゅ……!!)


 アランは遠くから、桜餅を落としたみたいな顔で固まっていた。



 一方その頃。

 少し離れた場所で、ルカが腕を組んで二人のやり取りを見ていた。


(……はい来たこれ。アラン誤解してる。顔こわい。君らいい加減距離感どうにかしような)


 リディアがセラフと談笑して戻ってくる。


「ルカ、桜餅はお好きですか? あ、でも粒あんが苦手なら――」


「……別に嫌いじゃねぇよ。で?」


「少し買いすぎてしまいましたの。良ければ半分……」


 と、差し出された桜餅に、ルカの眉がわずかに跳ねた。


(……この子、相変わらず無意識に破壊力やべぇな……)


 そして心の中で叫ぶ。


(気づいてねぇ……! この鈍感政治バカめ……!!)


 ふと横を見ると、桜餅を握りしめてフリーズしているアランがいた。


(え?なんでアランがショック受けてんの?)


 リディアは首を傾げる。


「殿下? どうなさいました?」


「い、いや……何でも……その、桜餅が……少し」


 アランは桜餅に嫉妬していた。


 本気で。


(桜餅に……嫉妬……?

 え、殿下……??)


 ルカは完全に理解した。


(……これ、放っとくと面倒になるやつだな)


 だから、わざと言ってみた。


「リディア、その……さっきの続きだけどよ。

 “前みたいに”呼んでくれてもいいぜ?」


 リディアはぱちりと瞬きし、前世口調になってしまう。


「お前は相変わらずだな、エリザベートよ」


 周囲の生徒たち:

「え……?????」

「男が女口調? 女の子が男口調????」

「二人って……どういう関係……??」


 アランのこめかみに青筋が浮いた。


(───待ってくれ。今の“お前は相変わらずだな”って……親密すぎないか……??)


 ルカは内心でニヤリと笑った。


(ほら見ろ、殿下。試されてんぞ?)


 だが、リディアは何も気づいていない。


 春の風が吹いた。

 桜の花びらが舞う中、アランの胸だけがざわざわ乱れていた。


(……どうしてこんなに、胸が苦しい……?

 桜餅のせいか……? いや違うだろ俺……)


 そうして今日も、誰も傷つかないのに誰かが死ぬほど振り回される――

 そんな平和な学院の日常が過ぎていった。

お読みいただきありがとうございました!


今回の閑話は、作者の糖分不足と春の甘味の誘惑により

「どれだけ桜餅で修羅場を作れるか」という

謎すぎるテーマでお送りしました。


セラフ:美は共有される

アラン:桜餅に嫉妬

ルカ:鈍感政治バカ呼ばわり

リディア:何も気づいてない


──という構図が、個人的にとても気に入っています。


本編ではシリアスな政治にも触れていきますが、

時々こうしてキャラの理性が吹き飛ぶ回も

織り交ぜていく予定です。


次はアランとルカの温度差バトルが

さらに悪化するかもしれませんし(確定)、

何ならセラフの“理念の恋”も静かに進行しています。


甘味は平和の象徴。

そして恋の引き金。


引き続き、ゆるく楽しんでいただけたら嬉しいです。

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