第五十一話:王子の名で、止める
その報告書は、短かった。
焼け跡。
不自然な火種。
現場に残された、混ざった灰。
そして――
「金色の瞳を見た」という一文。
アランは、最後まで無言で読み終えた。
◆
「……単独行動か」
低く呟く。
ルカの名を叱責する言葉は、
最後まで喉に上がらなかった。
(分かっている)
(あれは、放っておけない)
だが、それ以上に――
(もう、見せしめで済む段階じゃない)
◆
評議会を待たず、
アランは動いた。
「王子命令だ」
騎士団長が、即座に背筋を正す。
「王都全域に、夜間警戒令を敷け。
民家周辺の巡回を倍にしろ」
「放火対策、ですか」
「それだけじゃない」
アランは、はっきりと言った。
「不審者は、即拘束。
身分不問。
貴族であっても、だ」
空気が、張り詰める。
◆
「……殿下」
老臣の一人が、慎重に口を開く。
「それは、強すぎます。
証拠もなく――」
「証拠は、炎だ」
遮る。
「民の家が燃えた。
それだけで、十分だ」
沈黙。
「王家は、
民を試す者を許さない」
その言葉は、
命令であり、
宣言だった。
◆
その頃、王都の空気が変わり始めていた。
夜に巡回する騎士。
通りに灯る増えた松明。
噂より先に、抑止が走る。
◆
アランは、窓辺に立っていた。
(……俺は、王子だ)
彼女を守りたい。
それは、もう否定しない。
だが――
(恋のために動いたと思われるなら、
この手は使えない)
だから、名を使う。
(王家の名で)
◆
扉がノックされる。
「……入れ」
リディアだった。
煤の匂いは、もうない。
だが、あの夜を越えた目をしている。
「……聞きました」
「そうか」
「強硬すぎる、という声も」
アランは、頷いた。
「承知の上だ」
視線を外さず、言う。
「火を使う者は、
次も必ず火を使う」
だから、と続ける。
「次を、起こさせない」
◆
リディアは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……ありがとうございます」
礼ではない。
同意でもない。
覚悟を受け取った声だった。
◆
同じ頃。
屋根の上。
金色の瞳が、王都を見下ろしていた。
(……ほう)
口元が、歪む。
(王子が、名を出したか)
これで、
遊びは終わる。
(だが――)
彼は、愉快そうに呟く。
(強く出るなら、
もっと“選べない火”を用意しよう)
風が、冷たく吹いた。
王子が動いた夜は、
もう後戻りできない。
――これは、抑止ではない。
戦端だった。




