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第五十一話:王子の名で、止める

その報告書は、短かった。


 焼け跡。

 不自然な火種。

 現場に残された、混ざった灰。


 そして――

 「金色の瞳を見た」という一文。


 アランは、最後まで無言で読み終えた。



「……単独行動か」


 低く呟く。


 ルカの名を叱責する言葉は、

 最後まで喉に上がらなかった。


(分かっている)

(あれは、放っておけない)


 だが、それ以上に――


(もう、見せしめで済む段階じゃない)



 評議会を待たず、

 アランは動いた。


「王子命令だ」


 騎士団長が、即座に背筋を正す。


「王都全域に、夜間警戒令を敷け。

 民家周辺の巡回を倍にしろ」


「放火対策、ですか」


「それだけじゃない」


 アランは、はっきりと言った。


「不審者は、即拘束。

 身分不問。

 貴族であっても、だ」


 空気が、張り詰める。



「……殿下」


 老臣の一人が、慎重に口を開く。


「それは、強すぎます。

 証拠もなく――」


「証拠は、炎だ」


 遮る。


「民の家が燃えた。

 それだけで、十分だ」


 沈黙。


「王家は、

 民を試す者を許さない」


 その言葉は、

 命令であり、

 宣言だった。



 その頃、王都の空気が変わり始めていた。


 夜に巡回する騎士。

 通りに灯る増えた松明。

 噂より先に、抑止が走る。



 アランは、窓辺に立っていた。


(……俺は、王子だ)


 彼女を守りたい。

 それは、もう否定しない。


 だが――


(恋のために動いたと思われるなら、

 この手は使えない)


 だから、名を使う。


(王家の名で)



 扉がノックされる。


「……入れ」


 リディアだった。


 煤の匂いは、もうない。

 だが、あの夜を越えた目をしている。


「……聞きました」


「そうか」


「強硬すぎる、という声も」


 アランは、頷いた。


「承知の上だ」


 視線を外さず、言う。


「火を使う者は、

 次も必ず火を使う」


 だから、と続ける。


「次を、起こさせない」



 リディアは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「……ありがとうございます」


 礼ではない。

 同意でもない。


 覚悟を受け取った声だった。



 同じ頃。


 屋根の上。


 金色の瞳が、王都を見下ろしていた。


(……ほう)


 口元が、歪む。


(王子が、名を出したか)


 これで、

 遊びは終わる。


(だが――)


 彼は、愉快そうに呟く。


(強く出るなら、

 もっと“選べない火”を用意しよう)


 風が、冷たく吹いた。


 王子が動いた夜は、

 もう後戻りできない。


 ――これは、抑止ではない。

 戦端だった。

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