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第五十話:一人で嗅ぎに行く理由

夜が明けきる前だった。


 王宮の廊下は、静かすぎて不気味だった。

 見張りの足音も、風の音も、遠い。


(……今なら、気づかれない)


 ルカは外套の襟を直し、裏口へ向かった。



 昨日の火事。

 あれは偶然じゃない。


 配置。

 風向き。

 燃え広がり方。


(……狙ってる)


 しかも、規模は大きすぎない。

 被害を拡大させず、しかし「選択」を迫る。


(完全に、見せるための火だ)


 金眼。

 名前も正体も分からない相手。


 だが、やり方は――

 前世で、何度も見た。


(権力の外にいるふりをして、

 一番内側を操るタイプ)



 辿り着いたのは、焼け跡近くの路地。


 瓦礫は片付けられ、

 表向きは「事故処理」が終わっている。


 だが。


(……残ってる)


 足元の灰。

 焦げ方が、不自然だ。


 普通の火じゃない。

 油でも、魔術でもない。


(混ざってるな)


 指先で灰をすくい、布に包む。



「……随分と熱心だな」


 背後から、声。


 低く、落ち着いた声音。


 ルカは、即座に振り向かなかった。


「……視察だ」


「一人で?」


「うるさい」


 ゆっくりと振り返る。


 路地の影に立つ男。

 顔はよく覚えられない。

 だが――


(……瞳)


 一瞬、金色が光った。



「誰だ」


「通りすがりの――」


「それ、やめろ」


 ルカは、低く言った。


「そういう嘘、

 前世でも何百回聞いた」


 男の口元が、わずかに歪む。


「……思い出したか」


 その一言で、確信した。


(こいつ……知ってる)



「忠告だ」


 男は、静かに続ける。


「君は、まだ“役割”を思い出しただけだ。

 本格的に踏み込むと、

 守りたいものが燃える」


 ルカの喉が、ひくりと鳴る。


「……脅しか?」


「事実だよ」


 金色の瞳が、まっすぐに向く。


「彼女は、よく燃える」



 その瞬間。


 ルカの中で、何かが冷えた。


(……やっぱり、こいつだ)


 拳を、強く握る。


「……言っとく」


 声は、低く、静かだった。


「次に火をつけたら、

 俺は“止める側”じゃなくなる」


 男は、楽しそうに笑った。


「それは――

 前世より、いい顔だ」



 風が吹いた。


 次の瞬間、男の姿はもうなかった。


 残されたのは、

 焦げた匂いと、嫌な予感だけ。



 ルカは、深く息を吐く。


(……やっぱり、一人で来て正解だった)


 だが同時に、理解していた。


(もう、一人じゃ済まない)


 布に包んだ灰を握りしめる。


(次は……

 必ず、三人で)


 夜明けの空が、僅かに白み始めていた。


 ――それは、

 次の火が近い合図のようだった。

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