第五十話:一人で嗅ぎに行く理由
夜が明けきる前だった。
王宮の廊下は、静かすぎて不気味だった。
見張りの足音も、風の音も、遠い。
(……今なら、気づかれない)
ルカは外套の襟を直し、裏口へ向かった。
◆
昨日の火事。
あれは偶然じゃない。
配置。
風向き。
燃え広がり方。
(……狙ってる)
しかも、規模は大きすぎない。
被害を拡大させず、しかし「選択」を迫る。
(完全に、見せるための火だ)
金眼。
名前も正体も分からない相手。
だが、やり方は――
前世で、何度も見た。
(権力の外にいるふりをして、
一番内側を操るタイプ)
◆
辿り着いたのは、焼け跡近くの路地。
瓦礫は片付けられ、
表向きは「事故処理」が終わっている。
だが。
(……残ってる)
足元の灰。
焦げ方が、不自然だ。
普通の火じゃない。
油でも、魔術でもない。
(混ざってるな)
指先で灰をすくい、布に包む。
◆
「……随分と熱心だな」
背後から、声。
低く、落ち着いた声音。
ルカは、即座に振り向かなかった。
「……視察だ」
「一人で?」
「うるさい」
ゆっくりと振り返る。
路地の影に立つ男。
顔はよく覚えられない。
だが――
(……瞳)
一瞬、金色が光った。
◆
「誰だ」
「通りすがりの――」
「それ、やめろ」
ルカは、低く言った。
「そういう嘘、
前世でも何百回聞いた」
男の口元が、わずかに歪む。
「……思い出したか」
その一言で、確信した。
(こいつ……知ってる)
◆
「忠告だ」
男は、静かに続ける。
「君は、まだ“役割”を思い出しただけだ。
本格的に踏み込むと、
守りたいものが燃える」
ルカの喉が、ひくりと鳴る。
「……脅しか?」
「事実だよ」
金色の瞳が、まっすぐに向く。
「彼女は、よく燃える」
◆
その瞬間。
ルカの中で、何かが冷えた。
(……やっぱり、こいつだ)
拳を、強く握る。
「……言っとく」
声は、低く、静かだった。
「次に火をつけたら、
俺は“止める側”じゃなくなる」
男は、楽しそうに笑った。
「それは――
前世より、いい顔だ」
◆
風が吹いた。
次の瞬間、男の姿はもうなかった。
残されたのは、
焦げた匂いと、嫌な予感だけ。
◆
ルカは、深く息を吐く。
(……やっぱり、一人で来て正解だった)
だが同時に、理解していた。
(もう、一人じゃ済まない)
布に包んだ灰を握りしめる。
(次は……
必ず、三人で)
夜明けの空が、僅かに白み始めていた。
――それは、
次の火が近い合図のようだった。




