第四十六話:失敗するように用意された仕事
その案件が回ってきた瞬間、違和感はあった。
「アルヴェーヌ嬢、こちらを」
渡されたのは、一枚の命令書。
調査参与としての権限で処理せよ、とだけ記されている。
内容は――
地方倉庫の物資紛失に関する内部調査。
(……小さい案件?)
昨日の裏帳簿に比べれば、あまりに地味だ。
だが、だからこそ嫌な予感がした。
◆
現地に向かってすぐ、分かった。
(……情報が、足りない)
帳簿は揃っている。
報告書もある。
だが、肝心な“一次資料”が存在しない。
「以前の担当者は?」
「異動されました」
「証言は?」
「記録が残っておりません」
返ってくるのは、曖昧な答えばかり。
(これでは……)
調べようにも、掴めるものがない。
◆
それでも、リディアは諦めなかった。
倉庫を歩き、
配置を確認し、
僅かなズレを拾い集める。
夜までかけて、仮説を立てた。
(輸送経路の途中で、
帳簿操作と実際の数量に差が出ている)
だが――
「証拠が弱い」
自分でそう判断せざるを得なかった。
◆
王宮へ戻り、報告の場。
「結論を」
促される。
リディアは、深く息を吸った。
「……現時点では、
不正を断定できません」
空気が、凍った。
「ほう」
誰かが、愉快そうに声を漏らす。
「では、成果なしと?」
その言葉に、胸が痛む。
「いえ。
ただ――」
「時間切れだ」
議長が淡々と告げた。
「この案件は、ここまでとする」
それは、打ち切り宣言だった。
◆
会議室を出た瞬間、分かった。
(……最初から、
“失敗”させるつもりだった)
証拠を集める時間を与えない。
必要な情報も渡さない。
それでいて、
結果だけを求める。
◆
廊下の影で、囁きが聞こえた。
「所詮は学院上がり」
「やはり、荷が重かったか」
「期待外れだな」
足が、少しだけ止まる。
(……悔しい)
拳を握る。
(でも、間違ってはいない)
分からないものを、
分からないと言った。
それは、調査として正しい。
◆
夜。
机に向かっても、筆が進まない。
(私は……失敗したの?)
問いが、胸に残る。
その時。
扉が、静かに叩かれた。
「……入るぞ」
アランだった。
「聞いた」
短い言葉。
「……はい」
言い訳は、しなかった。
「失敗だと思うか?」
問われる。
リディアは、少し考えてから答えた。
「……いいえ」
顔を上げる。
「私は、嘘をつきませんでした。
証拠がないことを、
“ある”とは言えなかった」
アランは、静かに頷いた。
「それでいい」
即答だった。
「今日の案件は、
お前を評価するためのものじゃない」
「?」
「潰すためのものだ」
はっきりと言い切る。
「だからこそ、
お前は“正解”を選んだ」
◆
リディアの胸に、
少しだけ灯りがともる。
(……失敗じゃない)
少なくとも、
自分は折れていない。
◆
同じ頃。
王宮の別の部屋。
「予定通りだ」
金色の瞳が、静かに笑った。
「彼女は、嘘をつかなかった。
――やはり、いい鍵だ」
書類を一枚、指で弾く。
「次は……
“嘘をつかなければ、誰かが傷つく”状況を用意しよう」
失敗は、まだ序章。
次は、
選択そのものを歪める番だった。




