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第四十六話:失敗するように用意された仕事

その案件が回ってきた瞬間、違和感はあった。


「アルヴェーヌ嬢、こちらを」


 渡されたのは、一枚の命令書。

 調査参与としての権限で処理せよ、とだけ記されている。


 内容は――

 地方倉庫の物資紛失に関する内部調査。


(……小さい案件?)


 昨日の裏帳簿に比べれば、あまりに地味だ。

 だが、だからこそ嫌な予感がした。



 現地に向かってすぐ、分かった。


(……情報が、足りない)


 帳簿は揃っている。

 報告書もある。

 だが、肝心な“一次資料”が存在しない。


「以前の担当者は?」


「異動されました」

「証言は?」

「記録が残っておりません」


 返ってくるのは、曖昧な答えばかり。


(これでは……)


 調べようにも、掴めるものがない。



 それでも、リディアは諦めなかった。


 倉庫を歩き、

 配置を確認し、

 僅かなズレを拾い集める。


 夜までかけて、仮説を立てた。


(輸送経路の途中で、

 帳簿操作と実際の数量に差が出ている)


 だが――


「証拠が弱い」


 自分でそう判断せざるを得なかった。



 王宮へ戻り、報告の場。


「結論を」


 促される。


 リディアは、深く息を吸った。


「……現時点では、

 不正を断定できません」


 空気が、凍った。


「ほう」


 誰かが、愉快そうに声を漏らす。


「では、成果なしと?」


 その言葉に、胸が痛む。


「いえ。

 ただ――」


「時間切れだ」


 議長が淡々と告げた。


「この案件は、ここまでとする」


 それは、打ち切り宣言だった。



 会議室を出た瞬間、分かった。


(……最初から、

 “失敗”させるつもりだった)


 証拠を集める時間を与えない。

 必要な情報も渡さない。


 それでいて、

 結果だけを求める。



 廊下の影で、囁きが聞こえた。


「所詮は学院上がり」

「やはり、荷が重かったか」

「期待外れだな」


 足が、少しだけ止まる。


(……悔しい)


 拳を握る。


(でも、間違ってはいない)


 分からないものを、

 分からないと言った。


 それは、調査として正しい。



 夜。


 机に向かっても、筆が進まない。


(私は……失敗したの?)


 問いが、胸に残る。


 その時。


 扉が、静かに叩かれた。


「……入るぞ」


 アランだった。


「聞いた」


 短い言葉。


「……はい」


 言い訳は、しなかった。


「失敗だと思うか?」


 問われる。


 リディアは、少し考えてから答えた。


「……いいえ」


 顔を上げる。


「私は、嘘をつきませんでした。

 証拠がないことを、

 “ある”とは言えなかった」


 アランは、静かに頷いた。


「それでいい」


 即答だった。


「今日の案件は、

 お前を評価するためのものじゃない」


「?」


「潰すためのものだ」


 はっきりと言い切る。


「だからこそ、

 お前は“正解”を選んだ」



 リディアの胸に、

 少しだけ灯りがともる。


(……失敗じゃない)


 少なくとも、

 自分は折れていない。



 同じ頃。


 王宮の別の部屋。


「予定通りだ」


 金色の瞳が、静かに笑った。


「彼女は、嘘をつかなかった。

 ――やはり、いい鍵だ」


 書類を一枚、指で弾く。


「次は……

 “嘘をつかなければ、誰かが傷つく”状況を用意しよう」


 失敗は、まだ序章。


 次は、

 選択そのものを歪める番だった。

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