第四十五話:初仕事は、歓迎されない
王宮特別調査参与。
その肩書きを与えられてから、
まだ半日も経っていないというのに、
リディアははっきりと理解していた。
(……歓迎は、されていない)
会議室に入った瞬間、
視線が刺さるように集まった。
「若すぎる」
「学院上がりだろう」
「殿下のお気に入り、という話だ」
囁きは、あえて聞こえる音量だった。
議長が淡々と告げる。
「本日の案件は三つ。
まず一つ目――
裏帳簿の不整合について」
机に置かれた書類は分厚い。
初日から、容赦がない。
「説明できる者は?」
沈黙。
数名が、ちらりとリディアを見る。
――やれ、という合図。
(試されている)
リディアは、ゆっくりと書類に手を伸ばした。
◆
「……この帳簿、数字は合っています」
空気がざわつく。
「ですが、“合うように作られている”」
顔を上げる。
「三年前の支出項目。
名称が曖昧で、金額が端数なし。
この形式は、緊急支出を装う際によく使われます」
重鎮の一人が、鼻で笑った。
「学生の推測だな」
「では、確認しましょう」
リディアは別の書類を示す。
「同年同月、別部署の記録です。
同額が、別名目で二重計上されています」
沈黙。
誰かが、息を呑んだ。
◆
「……偶然では?」
食い下がる声。
リディアは、首を振る。
「偶然にするには、整いすぎています。
これは――
“裏金を合法に見せる処理”です」
会議室が、完全に静まり返った。
(当てた)
だが、安堵はなかった。
むしろ、背筋が冷える。
(ここからが、本番)
◆
「……よろしい」
議長が口を開く。
「では次だ。
アルヴェーヌ嬢、この案件を引き継げ」
引き継ぐ。
つまり――責任者。
それは、栄誉ではない。
(矢面に立て、という意味)
◆
会議後。
廊下を歩くリディアに、
冷たい声がかけられた。
「覚えておきなさい」
振り向くと、年配の貴族。
「真実を暴く者は、
必ず“敵”を増やす」
リディアは、静かに答えた。
「承知しています」
逃げなかった。
◆
夕刻。
報告書をまとめる指が、少しだけ震える。
(怖くないわけがない)
今日だけで、
何人の敵意を向けられたか分からない。
それでも。
(……でも、できた)
誰かの後ろではなく、
自分の名前で立った。
◆
「初日で、ここまでやるとは」
扉口で、声。
アランだった。
「……やりすぎでしたか?」
「いや」
即答。
「“洗礼”としては、完璧だ」
少しだけ、笑う。
「もう誰も、
君を飾りだとは思わない」
それは祝福ではない。
戦場に立った者への宣告だった。
◆
一人になってから、
リディアは窓の外を見た。
(怖い)
でも。
(逃げたい、とは思わない)
胸の奥に、確かなものが残っている。
(私は、ここに立つと決めた)
それが、今日の結論だった。
――王宮は優しくない。
けれど、彼女はもう戻らない。




