第五話:学院序章
前回までのあらすじ:
王都へ到着したリディアは、前世の記憶を胸に、王立政治学院の門をくぐる。そこは、知と権力が交錯する新たな舞台だった――。
学院の講堂は、まるで宮廷の縮図だった。
高い天井から光が差し、長机が整然と並ぶ。貴族の子息たちが誇らしげに胸を張り、魔法師出身の生徒たちは控えめに沈黙している。
リディアは、その最前列に案内された。特別推薦枠――学院でもごくわずかな、実績ある家門の子弟だけが座る席である。
ざわめきが走った。
「辺境から?」「推薦だと?」「あり得るのか?」
囁き声は遠慮なく飛び交ったが、リディアは表情を崩さず、静かに筆記用具を整えた。
(声は風のようなもの。通り過ぎれば消える)
内心でそう呟き、視線をまっすぐ講壇に向ける。
「あなたが、アルヴェス令嬢ですか?」
隣の席から、穏やかな声がした。
声の主は、浅い金髪に灰青の瞳を持つ青年――アラン・アスティリアだった。
王族に連なる家の生まれ。だがその物腰は驚くほど柔らかい。
「はい。辺境伯家のリディア・アルヴェスです」
「王都から遠い地の方が、よくここまで」
「道は長くとも、学ぶ志に距離は関係ありませんわ」
その返答に、アランの唇がかすかに弧を描いた。
「……なるほど。答えまで端正だ」
隣で交わされる短い言葉だけで、周囲の空気が少し変わる。
彼の声は穏やかだが、言葉の裏に論理と観察がある。
――同類だ。
リディアはそう感じた。頭の奥が静かに冴える。
「まぁ。辺境の方が推薦枠とは、珍しいこともあるのね」
軽やかで、どこか棘のある声が背後からした。
振り向けば、栗色の髪を結い上げた少女――レーネ・ヴァイスが立っていた。
王都でも有力な侯爵家の娘。その表情は上品だが、瞳の奥には警戒がある。
「偶然とはいえ、同じ特別枠。よろしくお願いいたします、アルヴェス令嬢」
「ええ。こちらこそ」
リディアは微笑を崩さずに返す。
レーネは一瞬、何か言いかけて、結局何も言わずに隣の席へ座った。
講堂の正面に学院長が姿を現す。白髪を後ろに束ねた老人で、静かな声が響く。
「政治とは、理と情の均衡である。理だけでは人を導けず、情だけでは国を治められぬ」
その言葉に、リディアは筆を走らせた。
(理と情の均衡――まるで、この国の矛盾そのもの)
隣のアランが同時にメモを取っている。文字の形が整っていて、美しかった。
式が終わるころには、午後の光が講堂を満たしていた。
生徒たちが席を立つ。アランは立ち上がりながら、軽く会釈した。
「またお話できる機会があれば」
「ええ、きっと」
その一言の奥に、互いの探り合いが隠れていることを二人とも分かっていた。
レーネは少し離れた場所で、その様子を黙って見ていた。
そして、小さく呟いた。
「――面白い方ね。私、負けないわよ」
リディアは窓の外に目をやった。
王都の空は青く澄み、遠くには王城の塔が見える。
(また、あの塔を見上げる日が来るとは……)
胸の奥がわずかに疼いた。
けれど、それを押し殺し、リディアは静かに笑った。
(今度こそ、過ちのない政治を)
◇◇◇
次話予告:
「新入生の序列」――学院に漂う権力の気配。その中で、リディアは最初の試験に臨む。
◇◇◇
【後書き】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
第五話では、リディアが学院で新たな仲間とライバルに出会いました。
アランは冷静な観察者、レーネは理想を掲げる挑戦者として描いています。
この三人の関係が、今後の学院編の軸になります。
リディアは知識でも立場でもなく、「在り方」で周囲と違うことを示す存在。
その静けさが、やがて多くの人を動かす力になるはずです。
次回は学院生活の幕開け。
最初の試験で、リディアの“宰相の勘”が試されます。
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今後ともよろしくお願いいたします。
(春野 清花)




