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第四十一話:選択には、血が伴う

それは、翌朝のことだった。


 王宮は異様なほど静かで、

 どこかで歯車が一つ、ずれたような気配があった。


「……リディア嬢」


 呼び止めたのは、見知った下級官吏だった。

 顔色が悪い。


「至急、こちらへ……」


 理由を聞く前に、足が動いた。

 嫌な予感が、胸の奥で形を成していく。



 連れて行かれたのは、王宮の裏手。

 普段は使われない小さな通路の先。


 そこに――


「……そんな……」


 床に血があった。

 乾きかけの赤。


 そして、その傍らで、

 ひとりの若い騎士が膝をついていた。


「リディア……嬢」


 名を呼ばれて、はっきりと分かった。

 学院で何度も顔を合わせていた人物。

 彼女に、書類を運んでくれたこともある。


「どうして……ここに……」


「……俺が、余計なことを言ったからです」


 震える声。


「昨夜、

 “アルヴェーヌ嬢は、自分で考えて動く人だ”

 そう話した……ただ、それだけで」


 リディアの息が止まる。


「今朝、通路で……

 “選ぶなら、覚悟を示せ”と」


 それ以上は言えなかったのだろう。

 騎士の肩は、布越しにも分かるほど濡れていた。


(……私の、せい?)


 思考が一気に冷える。



「下がれ」


 低い声。


 振り向くと、アランが立っていた。

 傷は癒えきっていない。

 それでも、その背中は迷いなく前に出る。


「彼は、殺されなかった」


 アランは静かに言う。


「だが、“見せしめ”だ。

 お前が考え、選び始めたことへの」


 拳が震えている。


「……こんなやり方を」


 怒りよりも先に、

 悔しさが滲んでいた。



 少し遅れて、風が廊下を抜ける。


「……来たか」


 セラフは、血の匂いを一瞬で察した。


「これは――」


「“代償”だ」


 アランが短く告げる。


「彼女が選ぶことをやめないなら、

 周囲から削っていく、という合図」


 セラフは目を閉じた。


(やはり……彼は、そこまで来ている)



 リディアは、その場に立ち尽くしていた。


 頭では分かっている。

 自分が直接刃を振るったわけではない。


 それでも。


(私が……考え始めたから)


 血の匂いが、現実として迫る。


「リディア」


 セラフが、ゆっくりと声をかける。


「これは、君の罪じゃない」


 アランも言う。


「責任を背負うのは、俺たちだ」


 でも。


 リディアは、小さく首を振った。


「……違います」


 二人が見る。


「選ぶと言ったのは、私です」


 声は震えていたが、逃げてはいなかった。


「選択には……

 代償が伴うと、分かっていながら」


 拳を握りしめる。


「それでも私は、

 “何も考えずに守られる場所”には戻れません」


 沈黙。


 騎士が、かすれた声で言った。


「……後悔、してません……」


 リディアの胸が、締め付けられる。


「アルヴェーヌ嬢が……

 考える人だと、知って……誇らしかった……」


 それだけ言って、意識を手放した。



 医療班が駆け込んでくる。

 慌ただしさの中で、血は拭われていく。


 だが。


 何もなかったことには、ならない。



 その夜。


 リディアは一人、窓辺に立っていた。


(選ぶって……)


 誰かを救う可能性と同時に、

 誰かを傷つける現実を引き寄せる。


(それでも……)


 拳を、胸の前で握る。


(それでも、私は――)


 遠くで、風が鳴いた。

 そして、見えない場所で、

 金色の瞳が静かに細められた。


 ――“代償”は、届いた。


 次は、

 彼女自身が何を差し出すかを見る番だ。

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