第四十話:守るという名の対立
その衝突は、怒号から始まったわけではなかった。
「――君は、彼女に重すぎる」
静かな声だった。
だが、セラフの言葉は刃のように鋭い。
「それは、どういう意味だ」
アランは椅子から立ち上がる。
傷はまだ癒えていないが、構わなかった。
「言葉の通りだよ、殿下。
君は彼女を“守る対象”としてしか見ていない」
「違う」
即答だった。
「俺は、彼女を――」
「守る。
危険から遠ざける。
君の背中に隠す」
セラフは一歩踏み出す。
「それは“庇護”であって、“尊重”じゃない」
空気が張り詰める。
風が、低く鳴いた。
「君は、彼女が“選ぶ”ことを恐れている」
アランの灰青の瞳が揺れる。
「……当然だ」
低く、噛みしめるような声。
「選ばせれば、彼女は傷つく。
狙われる。利用される」
「だからといって、
君が彼女の代わりに決めていい理由にはならない」
「彼女は、まだ知らないことが多すぎる!」
「それを知る権利がある」
二人の視線が激しくぶつかる。
◆
(――分かっている)
アランは心の奥で思う。
(彼女は、もう俺の背中に隠れるだけの人じゃない)
だが、それでも。
(失う可能性を前にして、
どうして平気でいられる?)
「君は冷たいな、伯爵」
「違う。
僕は、彼女を信じている」
その一言が、アランの胸を打った。
「信じる……?」
「彼女は、自分で考え、選び、立つ人だ。
風は、そういう者にしか寄り添わない」
セラフの声は、柔らかく、しかし確固としていた。
「君は“守る”ことで彼女を縛る。
僕は“選ばせる”ことで彼女を支える」
「……綺麗事だ」
「そうかもしれない」
セラフは否定しなかった。
「だが、彼女はもう気づいている。
守られるだけでは、息ができないと」
その瞬間。
扉の外で、微かな足音が止まった。
◆
リディアは、その場に立ち尽くしていた。
(……殿下と、伯爵が)
聞くつもりはなかった。
けれど、聞いてしまった。
(私を……巡って?)
胸が痛む。
でも、それは嫌な痛みではなかった。
(違う。
この人たちは、私を“物”として扱っていない)
意見が違うだけだ。
守り方が、違うだけ。
(……それなら)
リディアは、深く息を吸う。
◆
「殿下」
扉が開く音。
二人が同時に振り向いた。
「話は……終わりましたか」
静かな声。
だが、逃げはなかった。
「私は――」
リディアは二人を見渡す。
「守られることも、
選ばせてもらうことも、
どちらも大切だと思っています」
二人の表情が、わずかに変わる。
「でも」
言葉に、力を込める。
「どちらか一方だけでは、
私はきっと壊れます」
沈黙。
「ですから……」
リディアは、真っ直ぐに言った。
「私の前で、私の扱いを決めないでください」
アランが息を呑み、
セラフは目を伏せた。
(――選ばれた)
だがそれは、
誰か一人ではなかった。
◆
しばらくして。
「……すまなかった」
アランが先に頭を下げた。
「君を、信じきれていなかった」
セラフも続く。
「僕も、君の恐れを軽く見ていた」
二人の視線が交わる。
敵ではない。
だが、同じでもない。
リディアは、その様子を見つめながら思った。
(私は、もう戻れない)
守られるだけの場所にも。
誰かの後ろにも。
選ぶという道に、
足を踏み入れてしまったのだから。




