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第三十九話:守られる理由、選びたい理由

朝の光は、昨日までと何も変わらない。


 それなのに、リディアは分かっていた。

 もう、同じ場所には立っていないのだと。


(……選ぶ、か)


 仮面の男の言葉が、まだ胸の奥に沈んでいる。

 否定したかった。

 危険な考えだと、切り捨てたかった。


 けれど。


(守られるだけでいいなら……)


 なぜ、自分はあんなにも息苦しかったのか。



 医務室の前で足を止める。

 扉の向こうには、アランがいる。


「……入っていい?」


「もちろんだ」


 声は弱っているのに、相変わらず穏やかだった。


 包帯を巻かれた姿を見るたび、

 胸の奥がきり、と痛む。


「無理はしていませんか」


「君がそう言うなら、していないことにする」


 軽口。

 でも、視線は真剣だった。


「リディア。昨夜のことだが……」


 言葉を選ぶ間があった。

 それだけで、リディアは察してしまう。


(殿下は、また“守る”話をしようとしている)


 嫌ではない。

 ありがたい。

 でも――


「殿下」


 リディアは、先に口を開いた。


「……私は、考えています」


「考える?」


「はい。

 自分が、何をしたいのかを」


 アランの灰青の瞳が、わずかに揺れた。


「それは……危険なことだ」


「分かっています」


 即答だった。


「でも、何も考えずに守られているだけでは、

 いつか……後悔する気がするんです」


 沈黙が落ちる。

 アランは、すぐに否定しなかった。


「……君は、強いな」


「いいえ。怖いです」


 それでも、とリディアは続ける。


「怖いからこそ、

 自分で選びたいんです」


 アランは目を伏せ、息を吐いた。


(この子は……もう、俺の背中に隠れるだけの存在じゃない)


 それが誇らしくて、

 同時に、少しだけ怖かった。



 医務室を出たところで、風が揺れた。


「話は、終わった?」


 セラフだった。

 いつも通りの微笑。

 けれど、風が微かに緊張している。


「ええ」


 リディアは頷く。


「伯爵にも……お伝えしたいことがあります」


 セラフの眉が、わずかに上がる。


「何だい?」


「私は、守られるだけではなく、

 “考える側”でいたいんです」


 セラフはすぐには答えなかった。

 風が、廊下を一往復する。


「……それは、危険な選択だよ」


「分かっています」


 ここでも、同じ言葉。


 セラフは苦笑した。


「君は本当に、

 誰の想定も超えていく」


 そして、静かに言った。


「分かった。

 なら僕は――君の“選ぶ権利”を守ろう」


 その言葉に、リディアは目を見開いた。


「守る、のではなく?」


「選べる場所を、奪わせない」


 それは、アランとは違う守り方。

 だが、確かに寄り添う形だった。


 胸の奥が、少しだけ楽になる。


(……違う。

 でも、どちらも、私を縛っていない)



 遠く、回廊の影。


 金色の瞳が、その光景を静かに見ていた。


(いい兆候だ)


 鍵は、考え始めた。

 守られる檻から、一歩外へ。


(次は……言葉では足りないな)


 彼は、微かに笑った。


(選択には、代償を見せなければ)


 風が止み、

 物語は、次の段階へと進み始める。


 ――選ぶということは、

 失う可能性を知ることなのだから。

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