第三十九話:守られる理由、選びたい理由
朝の光は、昨日までと何も変わらない。
それなのに、リディアは分かっていた。
もう、同じ場所には立っていないのだと。
(……選ぶ、か)
仮面の男の言葉が、まだ胸の奥に沈んでいる。
否定したかった。
危険な考えだと、切り捨てたかった。
けれど。
(守られるだけでいいなら……)
なぜ、自分はあんなにも息苦しかったのか。
◆
医務室の前で足を止める。
扉の向こうには、アランがいる。
「……入っていい?」
「もちろんだ」
声は弱っているのに、相変わらず穏やかだった。
包帯を巻かれた姿を見るたび、
胸の奥がきり、と痛む。
「無理はしていませんか」
「君がそう言うなら、していないことにする」
軽口。
でも、視線は真剣だった。
「リディア。昨夜のことだが……」
言葉を選ぶ間があった。
それだけで、リディアは察してしまう。
(殿下は、また“守る”話をしようとしている)
嫌ではない。
ありがたい。
でも――
「殿下」
リディアは、先に口を開いた。
「……私は、考えています」
「考える?」
「はい。
自分が、何をしたいのかを」
アランの灰青の瞳が、わずかに揺れた。
「それは……危険なことだ」
「分かっています」
即答だった。
「でも、何も考えずに守られているだけでは、
いつか……後悔する気がするんです」
沈黙が落ちる。
アランは、すぐに否定しなかった。
「……君は、強いな」
「いいえ。怖いです」
それでも、とリディアは続ける。
「怖いからこそ、
自分で選びたいんです」
アランは目を伏せ、息を吐いた。
(この子は……もう、俺の背中に隠れるだけの存在じゃない)
それが誇らしくて、
同時に、少しだけ怖かった。
◆
医務室を出たところで、風が揺れた。
「話は、終わった?」
セラフだった。
いつも通りの微笑。
けれど、風が微かに緊張している。
「ええ」
リディアは頷く。
「伯爵にも……お伝えしたいことがあります」
セラフの眉が、わずかに上がる。
「何だい?」
「私は、守られるだけではなく、
“考える側”でいたいんです」
セラフはすぐには答えなかった。
風が、廊下を一往復する。
「……それは、危険な選択だよ」
「分かっています」
ここでも、同じ言葉。
セラフは苦笑した。
「君は本当に、
誰の想定も超えていく」
そして、静かに言った。
「分かった。
なら僕は――君の“選ぶ権利”を守ろう」
その言葉に、リディアは目を見開いた。
「守る、のではなく?」
「選べる場所を、奪わせない」
それは、アランとは違う守り方。
だが、確かに寄り添う形だった。
胸の奥が、少しだけ楽になる。
(……違う。
でも、どちらも、私を縛っていない)
◆
遠く、回廊の影。
金色の瞳が、その光景を静かに見ていた。
(いい兆候だ)
鍵は、考え始めた。
守られる檻から、一歩外へ。
(次は……言葉では足りないな)
彼は、微かに笑った。
(選択には、代償を見せなければ)
風が止み、
物語は、次の段階へと進み始める。
――選ぶということは、
失う可能性を知ることなのだから。




