第三十八話:それでも私は、考えてしまう
部屋に戻ってからも、胸のざわめきは消えなかった。
机に向かって資料を広げても、文字が頭に入ってこない。
代わりに浮かぶのは、あの仮面の男の声。
『守られることと、選ぶことは違う』
(……違う、の?)
アラン殿下の顔が浮かぶ。
血の気を失った横顔。
それでも、私を見て「大丈夫だ」と言った声。
セラフ伯爵のことも。
風のように静かで、けれど確かに隣に立ってくれる存在。
(私は、たくさん守られてきた)
それは事実だ。
ありがたいし、心強い。
それなのに——
胸に、別の痛みがある。
(もし……もしも私が)
彼らの後ろにいるだけでいいのなら、
どうしてこんなにも息苦しいのだろう。
リディアは、そっと胸に手を当てる。
鼓動は早い。けれど、不安だけではない。
(選ぶ、って……)
あの男は、私に何かをさせようとした。
でも同時に、私を縛ろうとはしなかった。
怖い。
けれど、完全に拒絶できなかった。
(私が“鍵”だとして)
それを誰かに使われるのではなく、
自分で使うという選択肢があるのなら。
(……私は、どうしたい?)
答えは、まだ出ない。
でも、ひとつだけ分かることがある。
——私は、考えている。
ただ流されるだけの存在ではなく、
誰かの盾や道具としてではなく。
(私は、私として)
窓の外で、夜風が揺れた。
その音に、胸の奥が少しだけ静まる。
「……守られるだけじゃ、嫌なのかもしれない」
呟いた言葉は、まだとても小さい。
けれど、確かに“私の意思”だった。
机の上の資料を閉じ、
リディアはゆっくりと立ち上がる。
(選ぶために、知らなきゃいけない)
自分の力も。
この国のことも。
そして——自分の心も。
恋と呼ぶには、まだ遠い。
覚悟と呼ぶには、まだ曖昧。
それでも。
その一歩目は、もう踏み出してしまったのだ。




