第三十三話:届いた声、零れた想い
黒い刃が振り下ろされる寸前――
「リディアから離れろ!!」
風が爆ぜた。
セラフが強引に間へ割り込み、刃と刃が火花を散らす。
遅れて駆け寄ったリディアは、
血だまりの中で歯を食いしばるアランの姿を見た。
「アラン殿下……!」
「来るな……っ、リディア……!」
伸ばされかけた手が、
力を失って床へ落ちる。
(嫌だ……嫌だ……!)
喉の奥で何かが弾けた。
「風よ!」
叫ぶと同時に、
周囲の空気が震えた。
リディアの魔力――
抑えていたはずのそれが、夜の王宮に解き放たれる。
「……っ!?」
黒い影が距離を取る。
風が渦となり、彼女を包む。
(守りたい。
この人を、失いたくない――!)
「君……魔力を……」
セラフが驚愕を隠せない。
アランも、息を呑むようにその光景を見つめた。
風が静まり、魔力が収束する。
「大丈夫……ですか?」
震える声で、リディアはアランに手を伸ばした。
「……どうして」
「え?」
「どうして俺なんかを、迷わず助けに来る」
リディアは答えを探す。
でも、口に出るのは一つしかなかった。
「……助けたかったから」
アランが目を伏せる。
血が滴り落ちる音だけが響く。
(言えるはずがない。この痛みの理由なんて――)
◆
その様子を、
セラフは静かな目で見つめ続けていた。
(変わってしまった。
あの日の比じゃないほど――)
風が、切なさを運ぶ。
(君はもう……)
「……好きな人のために戦っている」
喉奥で、誰にも届かない声が消えた。
◆
「もう大丈夫。
あとは俺が敵を――」
アランが剣を構えようとしたが、
「動かないで。死にます」
リディアの手が彼の手首を掴む。
真剣な目。
迷いのない声。
「死なせたくないんです」
アランの表情がわずかに揺れる。
喉まで出かかった言葉がある。
だけど、それはまだ……
(言えない。今は――)
黒い影が再び刃を掲げる。
「終わりだ、王子」
「終わらねぇよ」
ルカの声だった。
「殿下に指一本触れてみろ。
お前の指、全部折る」
背後の通路から、
複数の騎士隊が突入してくる。
敵影は舌打ちし、闇へ消えた。
「逃げた……」
「追うより殿下が先です!!」
ルカがアランを支え、護衛が周囲を固める。
「リディア」
アランが呼ぶ。
彼女は答えられず、ただ手を握り返した。
(怖かった――この人がいなくなる未来が)
胸の痛みは、
もう政治では説明できない。




