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第三十一話:夜風は真実を連れてくる

王宮に夜が訪れる。

 昼とは違う影が、長く、深く伸びる時間。


 リディアは与えられた部屋の窓辺に立ち、

 薄い月光を胸に受けながら、膝を抱えていた。


(死ぬかもしれなかった。……あの針が刺さっていたら)


 恐ろしくないと言えば嘘だった。

 だが、その恐怖より強いものが胸にある。


(アラン殿下の……あの声)


『リディア!!』


 あの瞬間、自分は救われた。

 だけどそれが、なぜこんなにも痛むのか。


 胸にそっと手を当てた時——


 コン、コン。


「入るぞ」


 聞き慣れた低い声がして、扉が開く。

 アランが立っていた。

 灰青の瞳は、昼よりも深い。


「顔、見に来た」


「殿下……」


「アランと呼べと言ったはずだ」


 アランはリディアのすぐ前に立ち、

 視線の高さを合わせてしゃがみ込む。


「怖かったか?」


「……はい。でも」


「俺がいる」


 その言葉が、震えを止めた。


「リディア。俺は——」


 そっと伸びた手が頬に触れかけ——


 ヒュ、と風が走った。


 カーテンが揺れ、窓がわずかに開く。


「……ッ!」


 アランが即座に剣に手を伸ばす。

 窓桟に、黒い影が一瞬見えた。


(また敵……!?)


「すぐ戻る。リディアは絶対に動くな」


 アランは月光の中へ消えていった。


 残されたリディアは固く拳を握る。


(また……守られるだけ?)


 悔しさが、胸を熱くする。


 その時。


「こんな夜に、一人で泣かないで」


 背後から声がした。

 振り向くと——セラフが窓枠に立っていた。


「セラフ伯爵……!?」


「鍵が甘かった。誰でも入れる」


「誰でも……じゃありませんわ」


「そうだね。僕だけでいい」


 そう言って微笑むその顔に、

 どこか壊れそうな影がある。


「昼間、何もできなかった。

 許せないんだ……自分が」


 セラフはそっとリディアに手を伸ばし、

 彼女の手を包んだ。


「僕は君を失いたくない」


「……どうして」


「気づいて。僕はずっと——」


 掠れた声が、夜風に溶ける。


 リディアの心臓が叫ぶ。


(どうして、こんなにも……苦しいの?)


 答えを探す前に、風が震えた。


「……内通者が動いた」


 セラフはリディアを抱き寄せ、

 窓から夜の王宮を見据える。


「今日はもう戻ってこない。

 アラン殿下は“囮”にされた」


「囮!? そんな……!」


「敵の狙いは君だ」


 その瞬間、闇の奥で金属音が響いた。


「アラン殿下が——一人で戦ってる」


 リディアの手が震えた。


「行かせません。危険すぎる」


「……行かせてください」


 リディアはゆっくりとセラフの手を振りほどく。


「守られるだけじゃ、もういられない」


 真っ直ぐな瞳。

 その輝きに、セラフは息を呑む。


(やっぱり……この人は、光だ)


「分かった。僕が隣に立つ」


 二人は夜の王宮へと駆け出す。


 闇の中で、風が吠える。

 炎が灯る。

 刃が光る。


 ——恋も、戦も。

 誰も止められない。

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